前回まで、さまざまな事例や事象を紐解きながら、日本の農林水産業に迫るグローバル化・デジタル化という大きな変化の波と、これらによって引き起こされる消費者ニーズの多様化と産業構造の変化について考察してきた。また、このような変化の荒波を乗り切り、日本の農林水産業が世界をリードするためには、新たな産業構造に適した人材育成が必要不可欠であることも解説した。
今回は上記の観点から農業高校における教育の現状とあり方を考察し、最終回となる次回では、いまの高校生が第一線で活躍している2030年頃の農林水産業における変革について述べる。
農業高校が担う人材育成の意味
明治期に起源をもつ農業高校は、そもそもは地域のイノベーションリーダー的な存在であったという。先端の栽培技術を研究し、学校内での試行を繰り返したのちに地域の農家に栽培技術を広めたり、当該地域で栽培されていない種類の作物をいち早く実験的に取り入れたりしてきた。これは、裏を返せば美味しい作物を安定的に供給するということが当時の農業にとって至上命題であったからだろう。では、流通が発達して農作物のコモディティ化が進み、ある種職人的な栽培技術はIT技術の進展により比較的容易に手に入れることが可能になった現代において、農業高校の存在意義、人材育成の主眼はどうあるべきであろうか。
現代の農業高校生の卒業後の進路状況は、農業人材として育成すべき人物像に対する教育現場の迷いを如実に物語っている。毎年、約26,000人の生徒が農業高校を卒業しており、その約半数が卒業と同時に就職するが、そのまま農業に従事する生徒は就職者の5%を切っている1)。卒業後に就農や農業関連企業へ就職する、または農業系の大学・大学校等へ進学するケースを含め、「その道」に進む割合は非常に少ない状況である2)。大半の生徒は農業とは直接関係ない製造、販売などの企業に就職するか、まったく異なる分野の大学・専門学校などへ進学しているのが実態だ。高校生活の3年間、栽培・製造の技術や流通の知識を学んできたにも関わらず、である。
「5年後、10年後の農業高校の教員は、何を子供たちに教えればいいのでしょうね。栽培技術がメインでないことだけは確かでしょう」とは、筆者が親しくする農業高校の教員の言葉である。あまりに急速に変化する外部環境と、実際の農業高校における教育とのギャップに現場の教員も戸惑いを隠せない。この教員の言葉に集約されているように、農業をとりまく環境は急速に変化しつつあるにも関わらず、実際の農業高校での指導内容や形態は、旧来型の座学、栽培・製造などの実習が多くを占めている。本連載の第2回、第3回で紹介したように、一部企業との連携などで新たな形も見え始めているが、全体的に見れば次世代を見据えた農業の魅力を伝え、生徒自身が能動的に学び、農業および関連産業に従事することに希望を見いだすきっかけを与えるような授業やカリキュラムは、まだまだ少ないのが実状である。
それでは、どの様な授業やカリキュラムが望ましいのだろうか。ここからは国内の事例を踏まえて考えていきたい。
高校生が体験する「6次産業化」
「6次産業化」は、政府が推進する攻めの農林水産業における主軸の1つであることは、本連載の冒頭ですでに述べた。政府の動きに呼応し、農業高校における教育現場でも「6次産業化」を意識したカリキュラムが組まれ始め、「アグリビジネス」を名に掲げた学科を新設する農業高校もいくつか登場した。手前味噌ではあるが、本連載の第3回で紹介した、農業高校向けに一般社団法人Bridge for Fukushimaとアクセンチュアが展開している経営やマーケティングに関するプログラムも、「6次産業化」を体験的に学習できる取り組みの1つである。
まずは先ごろ、1年間にわたるプログラムの集大成として、東京・赤坂のアークヒルズマルシェで販売会を実施したのでその様子を紹介したい。当日は、プログラムを展開している福島・宮城における6校の農業高校から約50名の有志の高校生が参加。生徒たちが、ゼロから商品開発に携わり、丹精込めて育てた商品を交代で店頭に立って販売した。地元ではあまり見かけない外国人観光客や、食品に含まれる添加物について丁寧に質問を繰り返す、意識の高い消費者などに戸惑いながらも、一生懸命接客する経験は、短い時間ではあったが生徒たちに大きな気付きをもたらした模様だ。「やはりPOPに英語の説明書きも加えるべきでした」「含有成分についてあんなに詳しく聞かれたのは初めて」など、それぞれ都会のマーケットに新鮮な驚きを感じていた。農業高校は学校内に販売所を併設しているケースが多く、生徒たちが直接消費者と触れ合う機会がないわけではない。しかしながら、地方の農業高校生にとって流通の先にある高付加価値マーケットにじかに触れる機会は少なく、真の意味での「6次産業化」を体験する場は限られている。
加えて、当日は店頭に立って販売していない時間を利用し、都心ならではの売り方をしている小売店を見学するツアーを実施した。例えば、トマトのみを取り扱う専門店。高校生にとっては、トマトだけで店が成り立っていることそのものも驚きであったようだが、かわいらしいブーケのようにアレンジされた色とりどりのトマトの詰め合わせが数千円で売られている、最も高いもので1本1万円以上もする瓶入りのトマトジュースがそれなりに売れている様子など、生徒たちは目を丸くするばかりである。また、そのトマトジュースも、おしゃれな木箱に入れられ、まるでワインのように糖度、酸味などについて事細かに味を説明するPOPが付けられて陳列されている。生徒たちは、売り方そのものにも興味津々であった。
「都会のマーケットを知る」「流通・販売の実態を知る」ということは、何も高校生に限った話ではない。6次産業化をめざす地方の農業従事者にとっても非常に重要なことである。流通コストやマージンの理解が浅いためにプライシングに失敗する例、パッケージデザインなども含めた「売り方」を甘く見たために差別化に失敗する例、品質表示などの基礎的な知識が乏しくそもそも流通に乗せられない例など、枚挙にいとまがない。
今回実施した都心での販売会や小売店の見学ツアーは、付加価値とは何か、さらには消費者ニーズを満足させるマーケットイン発想での農作物の栽培、加工・製造とは何かを高校生が身をもって体験し、考える良い機会になった。
能動的な学びから農業の未来を描く力をつける
次に、未来を見据えた農業人材育成の一例として、将来的な農業ならびに関連産業のあり方について、生徒自身が能動的に考える取り組みを紹介したい。上述のプログラムでは、東京での販売会に加え、最先端技術を学ぶ研修会を実施した。
最新技術に触れる機会を設けるという趣旨のもと、一昨年は3Dプリンタ、昨年はドローン、今年は人工知能(AI)、特にディープラーニングをテーマに取り上げた。まずは、講師がデモを見せながら先端技術の基礎知識について解説し、技術の活用によってできるようになること、変化する世界観について説明する。今年の場合で言えば、画像認識、自動彩色、自動作曲などについて、その原理を簡単に説明しながら、アプリケーションを使用して生徒たちの目の前で実演した。
その後、生徒たちは4~6人のグループに分かれ、技術を取り入れて身近な課題を解決するというテーマでディスカッションした。イラストやチャート図を交えながら模造紙にアイデアを表現し、皆の前で発表するのだが、実演や動画での説明を伴うためか、生徒たちの理解はこちらの期待以上に早く、毎年ユニークなアイデアがたくさん出てきて驚かされる。
今年の例で言えば、豚の飼育に携わっているという生徒の班からは、養豚場にカメラを設置し動画を解析することによって豚の発情のわずかな兆候も見逃さないようにするアイデアが発表された。また、別の班からは、販売会でうまく接客できなかったという反省に基づき、顧客の表情を分析することにより「本当に買いそうな顧客」「商品説明を求めている顧客」を検知して販売員に知らせるアイデアが発表された。いずれも、非常に魅力的で実現すれば有意義なアイデアである。
なお、これらの様子は、Bridge for FukushimaのWebサイトで紹介されている。参加した高校生たちの生き生きとした様子が感じられる内容なので、ご覧いただければ幸いである。
生徒の能動的な学びを促す手法として、アクティブ・ラーニングの有効性については別稿(アクティブ・ラーニングの可能性と課題)で論じた。一見とっつきにくそうな先端技術であっても、アクティブ・ラーニング形式をとるなど、やり方次第では「その技術で何ができるようになるか」を短時間で伝えることが可能だ。めまぐるしく変化する産業構造とその背景にある数々の先端技術が出現する中で、農業人材が生き残っていくためには、まずはどんなトレンドや技術が存在しているのか、それによって何ができるようになるのか、世界はどう変化するのか、ということについて体験を通じて知ることが重要である。そして、その潮流の中で先端技術を生かして何をしていきたいのかを能動的に考える場を、積極的かつ定期的にもつことが求められるのではないだろうか。
本連載の最終回となる次回では、2030年の農林水産業を見据えた上での農業高校における人材育成のあり方について述べたい。
出典
出典1:文部科学省「学校基本調査」 平成28年度 卒業後の状況調査 高等学校 全日制・定時制、学科別状況別卒業者数および職業別就職者数
出典2:農林水産省「人材の育成・確保に関する資料」 ~農業関係の学校等からの就農状況
著者プロフィール
藤井篤之(ふじいしげゆき)
アクセンチュア株式会社 戦略コンサルティング本部 シニア・マネジャー
入社以来、官公庁・自治体など公共サービス領域のクライアントを中心に、事業戦略・組織戦略・デジタル戦略の案件を担当。農林水産領域においては輸出戦略に精通している。
また、アクセンチュアの企業市民活動(CSR活動)において「次世代グローバル人材の育成」チームのリードを担当。経営・マーケティングに関する農業高校向け人材育成プログラムの企画・開発を行う。
久我真梨子(くがまりこ)
アクセンチュア株式会社 戦略コンサルティング本部 マネジャー
企業の事業戦略・組織改革などに関するコンサルティングと並行し、教育機関に対して、カリキュラム改組から教材開発、実際の研修実施に至るまで踏み込んだ支援を行う。
人材育成に関する豊富な知見を活かし、アクセンチュアの企業市民活動において、農業高校向け人材育成プログラムを提供している。