前回は、TPPを始めとするグローバル化の流れにおいて、日本の農林水産業が目指す方向性の1つとして、輸出による「攻め」の農業について論じた。歴史を振り返ってみると、農林水産物というのは最も原始的な貿易商品であると言える。シルクロードの時代からマルコポーロ、出島貿易の時代を経て、現在日本にある農産物は世界中から伝播してきた品種にあふれている。また、日本も、戦前までは養蚕が一大産業であり、生糸の輸出で外貨を稼いでいた。

しかし、戦後、供給側の産業構造が大きく変化するとともに、消費側の衣食住スタイルも変化する中で国内の農林水産業は徐々に内需向けの閉じた産業となっていった。そして、現在はその状況が少し転じ、日本企業・文化のグローバル化に伴い日本の食文化や加工食品が海外で認められるという状況が生まれ始めている。結果、"寿司"という強力なブランドを築いているものの、世界で売られる寿司ネタとして最もメジャーなものはノルウェー産のサーモンという、いささか奇妙な状況が生まれているのである(図表1参照)。こうした状況は一体どのようにして生まれたのであろうか。今回は、農林水産物の輸出先進国におけるマーケティング事例を紹介しながら、「攻め」の農林水産業についての考察を深めたい。

図表1:タイの欧州系スーパーで売られている寿司の写真

ノルウェーサーモン

国による農林水産物のマーケティング先進事例において、外せない事例がノルウェーのNSC(ノルウェー水産物審議会)である。日本の寿司文化のグローバル化とともに世界をノルウェーサーモンが席巻しているだけではなく、本家日本の回転寿司ネタ人気ランキングにおいても1位はサーモン(出典1)という状況を作ったことは驚愕に値する。読者の中にもサーモンが最もよく食べる寿司ネタという方も多いのではないだろうか。

もともと、日本において天然サケには寄生虫の心配があり、生食に不向きとされてきた(現在は養殖技術の向上や冷凍処理などにより生食できるものも流通しているが、現在でも伝統的な寿司屋において、サーモンはネタとして扱われていないようだ)。それが、1980年前後にNSCが日本へのマーケティング活動を開始し、あっという間にサーモンの寿司が市場を席巻した。NSCは日本の小売店や外食産業と共同でプロモーションを打ち、寿司ネタの代表格として消費者の心をつかむまでに至った。そして、日本での成功を踏まえ、寿司ネタとしてのプロモーションを中国、香港、シンガポール、そして東南アジア全体へと広げていったのである。

NSCの活動原資はノルウェー政府が拠出している。ノルウェー政府は、水産物に対して輸出額の0.75%に相当する輸出税を課しており(出典2)、NSCはこの税金を原資に、世界主要市場に常駐する海外代表所を設け、ノルウェーの水産物の普及に充てている。

海外代表所では、市場調査、課題分析、戦略作成を行い、現地の広告代理店・PR会社を活用し効果的なプロモーションを行っている。これらのプロモーション活動では、プロジェクト単位または、年間計画や中期戦略などの各段階で事業評価を行い、数値化できる目標を設定しPDCAサイクルを回している。例えば大きなキャンペーンを実施した場合には、販売額、リーフレット配布数、PV数などを指標としてローカルコンサルタントによって質的・定量的評価が行われる。さらに、そのプロモーション活動は展示会やイベントといった単発なもので終わることはない。毎年、世論調査会社「ギャラップ社」などを通じて各国の消費者を対象とした量的な調査を実施し、ノルウェー産のシーフードに対する認知度・好意度がどの程度向上したかを定点的に測り、国別の状況に応じたマーケティングを遂行しているのである。

さらに、ノルウェーといえば漁獲枠管理による水産資源管理の先進国としても知られている。漁獲枠を厳密に個別管理することで取りすぎ、コストのかけすぎを防ぎ、かつ付加価値の高い成長した魚の水揚げにシフトすることで、効率的で生産性の高い水産業を実践している。人口の少ない同国では輸出による稼ぎを中心に、漁業者の年収は平均を大きく上回り、若者にも人気の職業となっているという。加えて、冒頭に紹介したタイの欧州系スーパーマーケットでの例など、東南アジアに生食のサーモンが流通することは鮮度管理のレベルの高さを示すものである。こうした成果は、バリューチェーンまたはサプライチェーンの上流から、マーケティングに至るまでの全体において、輸出を中心とした水産業を持続的に成長させるために国を挙げて戦略的に取り組んできたことが大きな要因だと考えられる。今や、ノルウェーのサーモンは養殖サーモンの世界市場の33%(出典3)を占め、ノルウェーの後を追って成長してきたチリ(プロモーション団体がこちらも存在する)と合わせると世界の6割以上を占めている。

ノルウェーサーモンについての紹介の最後に…。余談ではあるが、NSCはマーケティング活動の一環として独自に制作した「すしダンス」の動画まで作っている。

The Human Sushi - Nigiri

The Human Sushi - Maki

The Human Sushi - Sashimi

ニュージーランドのキウイ

ニュージーランドのゼスプリ インターナショナル(以下、ゼスプリ社)もこの手の話題においては欠かせない事例である。先ほど紹介したNSCとは異なり、ゼスプリ社はキウイの生産・販売を行う民間企業(1988年に官製団体として設立、1997年に販売・マーケティング部門は民営化)で、ニュージーランドからの輸出向けキウイをほぼ独占的に扱っている。株主は、ニュージーランドのキウイ生産者・生産企業の約2,700名/社で、同社の活動は株主として生産者団体が監視し、また、同時にロビー活動を支えているという構造である(出典4)。ニュージーランドにおける農産物の輸出プロモーションは、同社のように独占的に民営化させる戦略をとっていることが多いことが特徴だ。有名なところでは、乳業大手のフォンテラ、前回紹介したリンゴ「envy」を取り扱っているエンザ社などが挙げられ、こうした民間企業がアジアを足掛かりに世界中に展開している。生産者団体や政府直轄の団体が担うことが多い他国とは異なっている。

キウイの語源がニュージーランド固有のキウイという鳥にあるように、ニュージーランドはキウイの一大生産地である(ただし、生産量1位は中国、2位はイタリアで、ニュージーランドは3位)(出典5)。キウイは日本国内でも生産されており、1960年代から栽培が広がっている。以降、国内でも流通しているが、人気果物としての地位を確立したのは、2000年代初頭に坂口憲二さんと蛯原友里さんをCMに起用し始めるなど、ゼスプリ社の主力商品、ゴールドキウイが大々的にプロモーションされて以降と言っても過言ではない。これ以降、キウイといえば日本の消費者にとってゼスプリ社のキウイを指すようになった。

このように、相手国に合わせた積極的なプロモーション活動によって需要を創出している点は注目に値する。同社は、輸出相手国/地域別に、現地の子会社のマーケティングマネジャーが中心となって、3年ごとに現地のマーケティング計画を策定し、毎年必要に応じて調整をしながら計画を実施に移していく。販売数量および販売価格の目標値や、新規市場開拓や知名度の向上などの全体目標が設定され、それをサポートするようなマーケティングやプロモーションプランが選択される(出典6)

加えて、輸出独占の強みを活かした価格戦略として、国や地域によって販売価格を変えることで販売量と収益を最適化している。例えば、日本市場では、目標価格を比較的高く設定し、その他の国では目標価格を低く設定することによって、価格と量の両方の面から、最も収益が高くなるように調整を行っている。これは輸出を独占しているからこそ可能な方法である。そのため、日本においてニュージーランド産キウイは日本産キウイよりも高い価格で流通している。この価格戦略により、生産量では3位だが、販売額ではイタリアを超えているのである(出典7)

また、ゼスプリ社はニュージーランドからの輸出だけではなく、周年供給を実現するために世界各地で生産拡大も進めている。海外でゼスプリ社が有するゼスプリゴールドの生産者数はイタリア150名、日本800名、韓国130名、フランス・チリ・米国に50名となっている(出典8)。日本においては、ニュージーランド産キウイのオフシーズンである冬季は愛媛県と佐賀県で契約栽培された国内産のゼスプリゴールドが主に流通している(図表2参照)。ちなみに、世界各地での生産拡大については、フォンテラも同様の世界戦略をとっており、最近では北海道において酪農の技術協力を行うことで話題となった。

図表2:愛媛県産および佐賀県産ゼスプリキウイ (出典:ゼスプリ社ウェブサイト (C) 2016 ZESPRI Group Limited, all rights reserved)

日本における取り組み

日本は、農林水産省事業「平成26年度輸出戦略実行事業」を通じて、戦略的な輸出品目ごとに輸出促進団体を組成し、所属会員からの会費と国からの補助金を原資にマーケティング活動を活発化させている。各団体ともに、市場調査から販促、規制対応まで、農林水産省やジェトロと協力して進めているところだ。さらに今年2月、政府は官邸に「農林水産業の輸出力強化ワーキンググループ」(出典9)を総合的なTPP関連政策大綱に基づいて設置し、さまざまな有識者を招いた議論を重ね「農林水産業の輸出力強化戦略」(案)を先日発表した。

一方で、上記ワーキンググループから併せて発表された「国・地域別の農林水産物・食品の輸出拡大戦略」によれば、輸出額上位の品目が高付加価値商材ではなく、加工品原料などとなっている国も多い。日本の農林水産業が高付加価値商材の輸出によって稼げる産業となるためには、今後、さまざまな取り組みを通じて本格的な輸出促進体制を整備することが肝要である。

日本の回転寿司という市場に合わせてプロモーションし、日本での成功をテコに寿司文化の拡大とともに成長したノルウェーのサーモン、集中的なプロモーションと高品質、おしゃれかつ健康的なフルーツとして、日本に圧倒的なブランドとともにキウイを定着させたゼスプリ社。日本の農林水産物が今後、輸出拡大を実現できるかどうかは、各団体が各国市場を俯瞰しつつ市場に応じて、これら先進事例のように、輸出の段階に応じたブランディング・ターゲッティングを戦略的に行い、継続的な輸出促進に取り組めるかにかかっている。さらに踏み込んで言えば、すでに日本の農林水産業の各プレーヤーは国内外の多様な市場や消費者を見ながら、生産・販売・流通などのバリューチェーン全体の戦略を練る必要性に迫られている。この変化に対応でき、かつ自身の産品の付加価値を上げることができる人材が今の日本の農林水産業には求められているのである。

次回は、「攻め」の農林水産業のもう1つの方向性である、デジタル化について論じたい。

出典

出典1:マルハニチロ株式会社「回転寿司に関する消費者実態調査 2016」
出典2:農林水産省「平成23年度、輸出倍増リード事業 主要輸出国の輸出促進体制調査」
出典3:マルハニチロ株式会社「サーモンミュージアム」
出典4、6、7、8:農林水産省「平成23年度、主要輸出国の輸出促進体制調査」
出典5:ゼスプリ インターナショナル社ホームページ
出典9、10:首相官邸「農林水産業の輸出力強化ワーキンググループ(第10回)」

著者プロフィール

藤井篤之(ふじいしげゆき)
アクセンチュア株式会社 戦略コンサルティング本部 シニア・マネジャー
入社以来、官公庁・自治体など公共サービス領域のクライアントを中心に、事業戦略・組織戦略・デジタル戦略の案件を担当。農林水産領域においては輸出戦略に精通している。
また、アクセンチュアの企業市民活動(CSR活動)において「次世代グローバル人材の育成」チームのリードを担当。経営・マーケティングに関する農業高校向け人材育成プログラムの企画・開発を行う。

久我真梨子(くがまりこ)
アクセンチュア株式会社 戦略コンサルティング本部 マネジャー
企業の事業戦略・組織改革などに関するコンサルティングと並行し、教育機関に対して、カリキュラム改組から教材開発、実際の研修実施に至るまで踏み込んだ支援を行う。
人材育成に関する豊富な知見を活かし、アクセンチュアの企業市民活動において、農業高校向け人材育成プログラムを提供している。