朝会

「朝会議事録ってなんだ?」という問いに答える前に、まずは朝会について確認していきたいと思います。朝会は英語ではDaily Stand-up Meetingと呼ばれることが多いためか、「毎日、立って実施する」としか捉えられていないこともあるようです。朝会はチーム内の情報の連携を効果的に行うことができるのですが、皆さんの現場ではいかがでしょうか。

朝会が生まれる前

自分がまだリーダーではない頃、そう、1990年代前半ですが、毎日内部メンバーの定例ミーティングを行うプロジェクトも多く、自分が参加していた多くのプロジェクトで全員参加の定例ミーティングを開いていました。そのうちの1つでは、定例会議が2時間近くかかることもしばしばでした。ある日サブリーダーから、「全員参加のミーティングは、毎日必要ですか?」という問題提起がありましたが、リーダーからは「状況は全員が知っていなければいけない」ということで継続されました。たしかに情報連携はできたのですが、各メンバーの作業する時間が少なくなりがちで、多くのメンバーが残業していました。 一方、そのサブリーダーの方が別案件でリーダーを務めるプロジェクトを見る機会があったのですが、そのプロジェクトでは情報共有がすすんでいなかったようで、テストの際に何度もメンバー達の認識の違いが発生していました。 本来やりたかったことは、

・問題や状況についてメンバー全員で共有したい

という点なのですが、そのレベル感が上記2つのプロジェクトでは適切でなかったということだと思います。朝会が生まれる前は「とことん共有する」か「必要だと思う部分のみ共有すれば良い」の二者択一で、どちらも問題があったわけです。

間違った朝会

朝会では、情報の緩やかな共有をし、15分以上必要な場合はメンバーを選別して二次会等で検討します。具体的には以下のように実施します。

・毎朝メンバー全員で決まった時間に集まり、以下をメンバーから報告する
 ・前回の作業内容
 ・今回の作業予定
 ・問題と思っていること
・15分以内で終了できない場合は、メンバーを選別して二次会を開く

「そんなことは知っている」という人も多いでしょうが、「そんなことも知らない」という人がいることも知っています。朝会と称してメンバー全員を集めstand-upでミーティングしているが話しているのはほぼリーダーのみ、という現場をいくつか知っています。

大事なことは、「メンバー全員」が情報を発信しあい共有することです。リーダーのフィルタを掛けて情報共有すると、リーダーの知らない意味や背景などは共有が難しくなってしまいます。当然、隠れている課題にも気づきにくくなります。

また、リーダーが「問題があれば言いなさい」という方法で会議を開くと「わざわざ言う必要もないかな」とメンバーが内容を報告しにくくなります。メンバー自身が「些細なこと」と思う情報が実はプロジェクトにとって「大きな課題」となる場合も多いものです。その重大性は気づきにくい場合も多いのですが、メンバー全員が知ることで誰かが気づく可能性が高くなります。

朝会の課題

では朝会を実施すれば特にそれ以上のことは考えなくてもよいでしょうか。現実には、伝えるべきと思っていたことを伝え漏れてしまったり、朝会で共有した内容を忘れてしまったり、後日確認しようとしても誰も覚えていなかった、などの状況になることも多いと思います。朝会議事録はそんな悩みを解決する手法です。

朝会議事録とは

朝会議事録は10年ほど前に雑誌で紹介したこともあり、それ以前からも自分がリーダーを務めるプロジェクトでは必ず、実施してきました。自分がリーダーを務めるプロジェクトでは、「ドキュメントを最新に保つ効率的な管理方法とは?」でご紹介したように必ずWikiを利用しています。そのWikiに以下を書いておく、というのが朝会議事録です。書くのはメンバー全員で、翌日の朝会で報告する内容を帰宅前には書くようにお願いしています。

・連絡
・前回の作業
・今回の予定

書くのはこれだけなのでメンバーの負担は少ないはずです。 以下は、実際に現在自分がリーダーを担当しているプロジェクトのある日の朝会議事録です。

ある日の朝会議事録

朝会はもちろん毎日実施しますが、その際に朝会議事録を見ながら上記を報告してもらっています。朝会議事録を見ながら進める必要があるので会議室で、プロジェクタを利用して実施することもあれば、全員分印刷してそれを見ながら実施することもあります。メンバーが少ない場合は自席で行うこともあります。立って行うことは重要ではありませんが、15分以内で終了することは必ず守るようにしています。

この方法をとることで以下の多くの追加メリットが生まれるのです。

■伝えたいことを確実に伝えられる

毎日発言する前に、「昨日やったことは…えーっと…」とすると自分がよく覚えていることだけを伝えがちです。朝会議事録は事前に書いておくことができるので、作業内容を細かく書いておくこともできます。またちょっとした懸念などがある場合でも、翌日の朝会議事録に書いておくだけで、それが重大か些細かは他のメンバー達が考えてくれます。そのため朝会議事録に気になることを書いた後は、安心して自分の作業に集中できます。

■報告内容を事前に知ることができ、検討もできる

報告内容を事前に書いておくことで、朝会前に情報の共有が可能です。朝会議事録の連絡には、課題、打ち合わせの予定、その他の連絡などなんでも書いておくことができます。「XXXが問題とありますが、YYYで解決できませんか?(川上)」などとコメントも追記できます。もちろん朝会で共有すれば問題ありませんが、少しでも早く問題に気づいたり、課題を検討できる可能性が高まります。

■未来に伝えたい事も伝えられる

情報によっては今伝えなくても1週間後に伝えたい事、なども数多くあります。「1週間後に一部データ移行があるので、10:00-11:00はテスト環境にアクセスしないように」などという連絡があった場合、もちろん次回の朝会でも伝えればよいですが、1週間後の朝会議事録に書いておけば確実にメンバーに伝えられます。さらに、タスク管理するほどではない項目などの確認などにも便利です。 他にも二次会で検討した結果を次回の朝会議事録に書いておく、なども良い利用方法でしょう。

■後日確認できる

プロジェクトを進めていると後日確認したい内容が記憶にしか無い、という場合がよくあります。朝会議事録を導入すると検討した内容や調査結果などを気軽に書いておくことができます。結果、文書として残るので後日確認したい場合でも朝会議事録で内容を確認ができます。本来文書として残して置かなければいけない内容は仕様書などに記載しておく必要があるのですが、「どこに書いたら良いだろう」と悩む場合も多いものです。その際に朝会議事録に書いておけば、その情報を失うことを防ぐことができます。

■字で見て音で確認

単に口頭説明だけで実施する朝会と違い、朝会議事録を利用すると報告内容を文字でも同時に確認できます。そのため、口頭説明だけよりも内容を理解しやすくなります。それだけ「あれ、よくわからないぞ」と感じたら質問もしやすくなります。こういったやり取りから、隠れている課題が浮き彫りになったりすることも多いはずです。

■オフショアで効果絶大

オフショア開発の場合はさらに効果絶大です。字と音の双方で報告してもらうと、特に発音などがわかりにくい場合などでも誤解が生まれにくくなります。オフショアだとやはり直接話をする機会や時間が限られてしまいますが、朝会を有効に使う手段として大きな効果が得られます。

また朝会議事録では気軽に問題と思うことなどを書いておくことができるので、口頭だけの朝会よりは思っていることを伝えやすくなります。気軽に問題を提示することで「なんでも言えるチーム」という雰囲気が強まります。特にオフショア開発では「要求する側」と「要求を実現する側」に分かれてしまうようなチームもあるようですが、気軽な報告をお互いにしあうことで信頼感がより深まりチームの生産性にも大きな影響を与えるようになります。

■作業時間の計測

プロジェクトによっては作業内容の時間を計測し、何らかの報告資料を作ることが必要な場合があります。またプロジェクトを掛け持つ場合など、どのプロジェクトにどの程度の時間を割いているかを明確に知りたい場合もあります(本来兼任はするべきではありませんが、組織の指示によりやむを得ない場合も多いと思います)。そのため各メンバーに作業内容を実施したおよその時間も書いてもらうようにしています。また生産性を時間で測りたい管理部門などから作業時間を提示してほしい、などと言われる場合もあるのではないでしょうか。そのような際にも、朝会議事録に作業項目と作業時間を書いておけばいつでも集計は可能です。

■ドキュメントの共同所有に好影響

第2回ドキュメントを最新に保つ効率的な管理方法とは?」でご紹介したように、自分の推奨するドキュメント管理はWikiによる文書の共同所有です。毎日、朝会議事録を書込み、そして参照していると同じWikiに書き込んである仕様などを参照する機会も増えるというものです。わざわざWordやExcelを開かずとも参照できるので、仕様などを参照する人や機会が増えます。すると、メンバーたちの理解も深まりますし、さらにドキュメントがわかりにくい場合などにはメンバーが修正をしやすくなります。

仕様などは問題に気づいたら、気づいた人が気づいた瞬間にドキュメントを修正するのが最も効率的です。ただメンバーによっては。Wikiを修正するには抵抗感を覚えるようです。「指示がないと修正できない」という考えですね。それが毎日朝会議事録に気軽に書込をしているとWikiへの書込の抵抗感が少なくなるので、ドキュメントの修正を積極的に実施してくれるメンバーが増えてきます。もちろん場合によっては修正内容を共有する必要があります。その場合は修正している際に、朝会議事録に「XXXをXXXと修正しました」とだけ書いておけば共有できます。朝会議事録を毎日書くことで、こんな効果的なドキュメントの維持管理をより推進できるようチームも育っていきます。

注意点

しかし朝会議事録の運用にも注意しなければならない点があります。簡単にまとめておきます。

■全情報が朝会議事録に集約

朝会議事録の利用が進むと、仕様変更や詳細な内容などすべてが朝会議事録に書き込まれる場合があります。情報共有が進むのはよいことなのですが、仕様変更の内容などは、仕様書に反映させておく必要があります。朝会議事録に書いたためにまるで仕様書に書いたような気分になって仕様書に書くのを忘れてしまうと、正しい仕様書の維持ができない、ということになります。朝会議事録に書いて伝えたからいいや、ではなく、仕様書への反映が必要な場合は必ず反映させるようにしなければいけません。(そういう場合も朝会で、「仕様書に反映しましたか?」と一言聞けばよいのですけれど) またWikiを使う場合は全文検索で情報を見つけたいのですが、朝会議事録ばかりがヒットしてしまい知りたい情報が得にくくなる場合があります。そのような場合は朝会議事録を別検索エンジンに分ける(Wikiを分割)など検討しても良いと思います。

まとめ

いかがでしょうか。朝会と朝会議事録は導入が比較的たやすくかつ効果的な手法ではないでしょうか。この手法はIT関連だけではなく、チームで作業をする場合にはどんな業種であっても有効だと思います。すでにこの手法は10年以上も実施しており、チームメンバーからはKEEPしたい、と毎回言ってもらえている手法です。すでに朝会を導入しているよ、という現場では一緒に朝会議事録の導入を検討してみてはいかがでしょう。次回は「ふりかえり」をご紹介したいと思います。

執筆者紹介

川上文夫

パッケージベンダーのグループマネージャーとして複数プロジェクトのPM、PLを兼務。要件定義からプログラミング、テスト、運用を担当している。数多くのプロジェクトのリーダーとして20年のキャリアがあり、オフショア開発の経験も豊富。独自プラクティスに朝会議事録、パラレルプログラミングなどがある。アジャイル系コミュニティにも所属し、記事の執筆やワークショップ登壇など精力的に活動を続けている。