プロペラに限った話ではないが、エンジンの動力でシャフトを回転させるメカがあると、反トルクという問題がついて回る。例えば、軸の真正面から見て軸が右回りで回転している場合、左回りに動かそうとする反トルクが生じる。

反トルクが問題になるケース

本連載では以前にも、反トルクの話を取り上げたことがある。ヘリコプターのメイン・ローターだ。ヘリコプターは揚力も推進力もメイン・ローターに頼っているので、大馬力で大きなローターを回すことになり、結果として反トルクも大きくなる。だから、それに対処するためにいろいろな形態が考案された。

固定翼機でわかりやすいところでは、単発のプロペラ機がある。反トルクによって機体が傾く(ロール)してしまったのでは、操縦も何もあったものではない。だからといって、それを防ぐためにパイロットが常に方向舵を作動させなければならないのでは、くたびれてしまう。

反トルクを相殺するには、既定の状態で反トルクを打ち消すような仕組みがあればよい。といっても、ヘリコプターのテイル・ローターみたいな仕掛けを作るわけにも行かないから、空力的な方法で実現する。例えば……

  • 垂直尾翼の断面型を左右非対称にして、反トルクを抑える方向に軽く揚力を発生させる。エンジンが(後方から見て)右回りなら、反トルクは機体を左に横転させる方向に発生するから、右向きの揚力を発生するような形状にする
  • 垂直尾翼を軸線方向ではなく、少し斜めに取り付ける
  • 方向舵に可動式の小翼(タブ)を取り付けて、それを反トルクを抑える方向に作動させる
  • ATR42-600の垂直尾翼をよく見ると、方向舵の後縁部が別の小翼(タブ)になっていて、独立して動かせるのが分かる。反トルクの影響を補正するなら、この部分だけ動かせばいい。機首を振るときには方向舵全体を動かす

  • サーブ340Bは、方向舵の後縁部のうち、下半分にだけタブを設けている

3番目の方法なら、タブは可動式だから、状況に合わせて調整ができる利点がある。断面形状や取付角を変える方法では、そういう柔軟な対応が難しい。

多発機における工夫いろいろ

多発機でも同様に反トルクの問題はついて回るが、エンジンとプロペラが複数あると、違った対応が可能になる。

わかりやすいところでは、左右のプロペラをそれぞれ逆方向に回転させる方法がある。ストレートなプロペラだと、羽根の断面形状や捻れの方向まで見ないと分からないが、最近のプロペラだとブレードの形を見ただけで回転方向がわかる場合が多い。

例えば、エアバスA400M輸送機。四発機だが、進行方向に向かって見た場合、1番エンジンと3番エンジンは右回り、2番エンジンと4番エンジンは左回りになっている。つまり、左右の主翼についている2基ずつのエンジンがそれぞれ、互いに逆方向に回転している。

話の順番が逆になったが、飛行機のエンジンは左舷側から順番に数えるので、左端が1番エンジンである。

昔のレシプロ機でこの方法をとった機体というと、P-38ライトニングが有名だ。最初の試作機・XP-38では左右のプロペラがそれぞれ両外回りしていた。ところが、次の先行量産型・YP-38から逆、つまり両内回りになった。こちらのほうが効果があったらしい。

  • P-38ライトニング。右側のエンジンとプロペラが見えていないので分かりにくいが、左右のエンジンは逆回転で、プロペラの羽根の形状も左右で逆になっている

この方法はわかりやすいのだが、1つ欠点がある。エンジンのモデルが複数できてしまうのだ。エンジンの回転方向を同じにして、減速ギアボックスの構造を変えることでプロペラの回転方向を逆にすればエンジンは1つで済むが、それでもモデルが複数できることに変わりはない。

左右のエンジンが別形態になると、スペアパーツの種類が増えるし、整備の手順も差異が生じる。しかも生産数量が半減するからコストが上がる。

切り札は二重反転プロペラ?

そこで登場する切り札が、二重反転プロペラだ。ヘリコプターに二重反転ローターがあるように、プロペラ機にも二重反転プロペラがある。

ただしエンジンは1つである。減速ギアボックスに工夫をして、前後に並べたプロペラの回転軸をそれぞれ逆方向に回転するように分岐して出力する。1つのエンジンで2つのプロペラをそれぞれ逆方向に回転させれば、そこで反トルクは相殺されるから、機体側であれこれ工夫する必要はない。

……のだが、これはこれで「減速ギアボックスとハブの構造が複雑になる」という問題がついて回る。前後に並んだ2組のプロペラのうち、後ろのプロペラはハブの中を推進軸が貫通していて、その先に前側のプロペラが取り付く。そんなところに、さらに可変ピッチ機構を組み込まなければならないのだから、設計・製作・整備の手間が増えてしまう。

というわけで、理想的な解決策に見えるようでいて、意外と二重反転プロペラの導入事例は少ない。日本海軍の水上戦闘機「強風」みたいに、試作機では二重反転プロペラだったものを、量産機では通常型に変えてしまった事例もある。

そのことを考えると、ツポレフTu-95ベアはすごい。よくぞモノにしたと感心する。

この機体の減速ギアボックスは、大馬力のエンジンから来る出力を受け止めるだけの強度があり、しかも二重反転プロペラを回す複雑なメカになっている。おまけに、エンジンの回転数は高くてプロペラの回転数は低いから高い減速比が必要になる。厳しい条件のオンパレードである。

結局、機体側で工夫するのが一般的に

というわけで、多発機ではエンジン側で工夫して反トルクを打ち消そうとした事例がいろいろあるが、どれをとってもなにかしらのネガがある。

結局、シンプルかつ経済的にまとめるには、エンジン側であれこれ工夫をするよりも、方向舵にタブを取り付けて補正するような、機体側で工夫する手段が現実的な落としどころのようだ。そうすれば、エンジンも減速ギアボックスもプロペラも1種類で済む。

下の写真は離陸の順番待ちをしているボンバルディアDHC-8 Q400だが、左右のプロペラとも同じ形状で、同じ向きに回転しているのがわかる。ATR42も同じである。

  • ボンバルディアDHC-8 Q400のプロペラは左右とも、進行方向に向かって右回転。(スローシャッターのせいでブレてはいるが)羽根の形状が左右とも同じなので、そう判断できる