前回は、ATR42-600がどんな飛行機なのか、という話を取り上げた。まだ日本ではなじみの薄い機材だから、まずは機体の概要を知っていただきたかったというわけだ。そして今回はいよいよ本番の、体験搭乗と実機の話である。
今回の体験搭乗は、日本エアコミューター(JAC)の定期便を使い、鹿児島空港(KOJ)と沖永良部空港(OKE)を往復する形で行われた。往路がJAC3803便、復路がJAC3084便だ。所要時間は片道、1時間20分~1時間30分というところ。
機体に乗り込む
ATR42-600で面白いのは、搭乗口が一般的な機首左側面ではなく、尾部左側面にあること。だから、一般的な旅客機と異なり、後ろ寄りの席のほうが早く降機できることになる。
もちろん、搭乗・降機の際にエンジンは停止しているが、プロペラが風に吹かれて回り出すようなことがあると危険だ。だから、エンジンを止めている時はプロペラを索で固定している場合もある。しかし、ATR42-600みたいに後部に搭乗口があれば、そもそも乗客はプロペラに近寄らずに済むので、安全性は高そうだ。
その搭乗口の上に、新幹線電車のものと似た雨樋が付いていた。ボーディングブリッジを使って乗降する場合には必要ないアイテムだが、屋外で乗降することが前提の機体だから、雨樋はあったほうがいい。
ATR42-600は床が低いため、一般的なボーディングブリッジやタラップではなく、ボーディングスロープを使用するのが特徴だ。このボーディングスロープは、ATR42-600の就航に合わせてJACが新たに用意したもの。
同じATR42-600を使用している天草エアラインでは、ボーディングスロープは使わない。下に向けて開いた扉の裏側に付いているステップを利用して乗降するようになっている。JACが同じ方法を使わずにスロープを用意したのは、小さな子供を連れた親子や、車椅子での利用を考えたため。後述するストレッチャーのことも念頭にあっただろう。
鹿児島空港では、途中で2度折り返す、屋根付きのタイプが使われていた。それに対して沖永良部空港では、一直線で屋根のないタイプが使われていた。もちろん後者の方がコンパクトにまとまるし、お値段も安そうである。
沖永良部空港では、屋根のないストレート型ボーディングスロープを使用している。下に開いた扉の裏側にステップが付いているのが、お分かりいただけるだろうか? 普通はそちらを使うのだが、JACは別途、スロープを用意した |
なお、前任のサーブ340BはATR42-600と異なり、扉を開いた後で機内から折り畳み式のタラップを展開する仕組みになっている。低翼配置のために床面が高く、スロープを使った乗降はできそうにない。
後で機体の写真を見ていて気になったのは、左舷側の3番目と4番目、右弦側の5番目と6番目の側窓だけ、外板との間に段差が付いていることだった。さらに子細に見てみると、この部分だけ外板が独立したパネルになっていて、しかも少し突出している。
疑問に思ってATR社に問い合わせてみたところ、これは「アイス・シールド」と呼ばれる部材だという。プロペラに氷が付着して、それが飛散したときに胴体を傷めないように、保護する目的でパネルを外側に足してあるのだ。ジェット機とは違う、ターボプロップ機ならではの工夫である。
もちろん、凸凹ができる分だけ空気抵抗は増えるが、もともとそれほど高速ではないから影響は少ない。
機内のつくり
サーブ340Bの機内は1列-2列配置だった。これは胴体断面が小さいためだが、ATR42-600は2列-2列配置。通路幅は468mm(18.4in)、シートピッチは28in(711mm)。座席幅18in(457mm)は、E233系電車の46cmに近い数字である。小型機だからといって、殊更に狭いわけではない。
ATR42-600では、その腰掛の軽量化を図り、過去のモデルと比べてトータル375lb(170kg)の重量低減を実現した。これは、乗客2名分に相当する数字だ。もちろん、乗客を増やせばその分の腰掛を追加する必要があるから、その分は差し引いて考える必要がある。それでも、軽量化がメリットにつながる一例とはいえる。
客室幅は2.57m(101in)、天井高は1.91m(75.2in)。胴体は真円ではなく、真円から下部を削り取ったような形になっている。ギリギリまで小型化しつつ、客室の幅を確保しようとしたのだろう。
大型のジェット旅客機と違って機内は2層構造ではない。床下貨物室はなく、預託荷物の収納場所は前方貨物室になる。貨物の揚搭には、胴体側面に設けた扉を使う。こうなった理由として考えられるのは、「貨物型と旅客型との共通性確保」「貨物搭載時に重心が後方に移動するのを避ける」といった辺りだろうか。
ATR42-600は貨物室を前部に配置して、左舷側に扉を設けた。扉が開いていることもあり、胴体断面形状がよくわかる。最大幅が窓下、ちょうど肘掛の辺りに来ている点に注意してほしい。拡大写真だと、アイス・シールドが付いている関係で3~4枚目の窓だけ段差がついている様子がおわかりいただけるだろうか? |
ギャレーは客室後端の片隅にあり、上部にはオーブン、コーヒーメーカー、湯沸かし器、流し台が、下部にはカート入れとゴミ入れがある。それと関係があるのかないのか、CA用のジャンプシートは客室最後部の出入口付近にあって前方向きに座る。
客室配置で面白いのは、右側最前列の腰掛(1C席と1D席)が後ろ向きになっていること。最前列と2列目でボックスシートを構成しており、そこの空間に非常口がある。反対側は、2A・2B席の前に非常口がある。
この1C・1D席の通路を隔てた反対側は、貨物室が張り出している。貨物室の空間確保と客室定員の確保がせめぎ合った結果、こういう配置になったのだろうか。この辺の位置関係は、JACのWebサイトを見ると理解しやすい。
これで定員48名を実現しているわけだが、この数字にも意味がある。客室乗務員は「乗客50名につき1名」という決まりがあるので、客室乗務員が1名で済むギリギリのところになっているわけだ。もう1列増やして52名にすると客室乗務員が2名必要になり、人件費が上がってしまう。
胴体下部の両側面には、降着装置を収容するためのバルジがある。軍用輸送機では一般的な形だが、民間機では意外と珍しい。低翼配置なら翼胴結合部が張り出すので、そこに降着装置を収めてしまうところだが、ATR42-600は高翼だから、そうもいかない。かといって、DHC8-Q400のようにエンジンナセルに収容すると、脚柱が長くなって重くなる。