ここまで紹介してきたのは、すでに有人の実用機が存在する機体の話だった。実用機だから当然だが、すでに熟成されていて、やや「ワクワクしない」かもしれない。そこで今回は、現在進行中の研究開発案件を1つ紹介しよう。
オスプレイより速く!
米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)では現在、「VTOL X-Plane」という計画の下、VTOL(Vertical Take-Off and Landing)機の研究開発プログラムを進めている。X-Planeは「Experimental Plane」、つまり「実験機」という意味だ。
DARPAはVTOL X-Plane計画の狙いとして、V-22オスプレイより速い300~400kt(555~740km/h)の水平飛行速度の実現や、高いホバリング効率の実現などを挙げている。
複数のメーカーがそれぞれ異なる形態のVTOL機を提案したが、採用されたのはオーロラ・フライト・サイエンス社の案だった。まずフェーズ1として同社とシコルスキー社が予備設計作業の契約を得て研究作業を実施。その結果を受けてオーロラ社の勝利が決まり、実際に設計案の熟成を進めるフェーズ2に駒を進めている。
オーロラ社が提案した「ライトニング・ストライク」は一種のティルトウィングだが、本連載の第58回で取り上げたXC-142と異なり、大きなプロペラとエンジンナセル、という形態にはなっていない。代わりに採用したのが、電動式のダクテッド・プロペラをたくさん並べて、あたかも主翼と一体化させたような形態を持つ先尾翼形態だった。
胴体内部には、V-22オスプレイが使っているものと同じロールス・ロイス製AE1107Cエンジンを搭載するが、これは発電用。発生した電力を電動式ダクテッドファンに供給する。そのダクテッドファンは、左右の先尾翼に3基ずつ、後部の主翼に9基ずつ、合計24基ある。先尾翼のファンを駆動するモーターは出力70kW、主翼のファンを駆動するモーターは出力100kW。
そして、ダクテッドファンと一体化した主翼が、離着陸時は上を向いて機体を支える力を発生させるので、垂直離着陸が可能になる。離陸した後は転換飛行を経て水平飛行に遷移するが、その際には主翼も水平になる。その模様を説明するコンセプト・ビデオがこれである。
VTOL X-Plane Phase 2 Concept Video
ただ、いきなり実用サイズの機体を製作するのはリスクが大きいと考えたのか、最初に20%スケールの無人サブスケール試験機を製作して飛ばしてみた。ちょうど、その試験が今春に終わったところ。
サブスケール試験機が飛ぶ様子を撮影した動画がこちら。ただし垂直離陸と垂直着陸しか行っていない。離着陸時の挙動はかなり荒っぽいが、人が乗っていないので差し支えはない。
Aurora Successfully Flies Subscale X-Plane Aircraft
VTOL X-Planeの操縦操作
電動式だというので、モーターの回転数を変化させて推進力を加減するのかと思ったら、そうではなかった。モーターは定速回転のままで、ブレードのピッチを変える方法を使うという。つまり、推進力を増やしたい時はピッチを大きくして、推進力を抑えたい時はピッチを小さくするわけだ。
水平飛行中に、すべてのモーターで同じようにピッチを変えれば全体の推進力が一様に増減するので、速度の増減になる。VTOLモードで同じことをすると、上昇・下降が可能だ。
VTOLモードに入っている時に、尾翼側と主翼側で異なるピッチにすると前後の浮揚力バランスが変わるので、機首上げ・機首下げ(ピッチ方向)の操縦操作ができる。
VTOLモードに入っている時に、左右の主翼・尾翼でそれぞれ異なるピッチにすると左右の浮揚力バランスが変わるので、横転(ロール方向)の操縦操作ができる。これが水平飛行中だと、機首を左右に振る(ヨー方向)操縦操作になる。
ここまで書いたところで「はて、VTOLモードでヨー方向の操縦操作をするときはどうするんだろう?」と思ったが、左右の尾翼と主翼、合計4つの領域のそれぞれについて異なるピッチ操作をして、さらに尾翼や主翼のティルト角変化を併用すれば実現できそうだ。
ただ、どの操縦操作にしても制御する相手が24個もあるので、「どういう操縦操作の指令に対して、どのファンのピッチをどれだけ変えるか」という制御則を確立するのは大変かもしれない。
VTOL X-Planeのメリット
正直いって、この形態にすると、どうして速度性能の向上や効率の向上が実現できるのか、よくわからなくて頭を抱えてしまった。
そもそもプロペラで推進する場合、小さなプロペラを高速回転させるよりも、大きなプロペラをゆっくり回転させる方が、推進効率が良いのではなかったか。
ただ、小さなプロペラをたくさん並べれば、前述したように操縦操作を行いやすくなると考えられる。そして、補助翼・昇降舵・方向舵といった操縦翼面が効かないVTOLモードでも、個別のファンごとにピッチを細かく操作することで操縦操作を行える。
普通のティルトウィング(というのも妙な書き方だが)では、エンジンは推進力を出すだけで、操縦操作は主翼に付いている操縦翼面の仕事。だから操縦翼面に気流が当たっていないと操縦操作ができない。するとVTOL形態のときに困ってしまうが、VTOL X-Planeならそういう問題はない。
また、普通のティルトウィングだと「主翼」と「エンジンナセルおよびプロペラ」が別々にあり、それがガバッと上を向く。だから空気抵抗が大きいし、風の影響も受けやすそうだ。それと比べると、VTOL X-Planeの主翼や先尾翼は、主翼の中にダクテッドファンを組み込んだ形態になるので、抵抗は少なそうに見える。
まだサブスケール試験機の段階なので情報が少ないが、これからフルスケール試験機が出てきて飛行試験が進むと、新しい情報が出てくるかも知れない。その時にはまた、本連載で続報として取り上げてみたい。