続いて、VTOL(Vertical Take-Off and Landing)の話に進むことにしよう。「VTOLの開発史には無数の墓標が並んでいる」とは軍事評論家・浜田一穂氏の名言だが、実際、この分野ではさまざまな方法が考案されては頓挫した。しかし、なじみの薄い「墓標」の話を列挙してもピンと来ないかもしれないから、まずは実際にモノになったVTOL機の話から。

縦向きのエンジンで持ち上げる

STOL機はEBF(Externally Blown Flap)方式にしろUSB(Upper Surface Blowing)方式にしろ、「主翼の揚力に、下向きに偏向するエンジン排気が加勢する」という考え方で成り立っている。低速ながら前進速度があるので、主翼はいくらかの揚力を負担している。

しかしVTOL機は前進速度がゼロだから、主翼に頼らずに機体の重量を上回る浮揚力を生み出さなければならない。主翼に頼れないのであれば、頼れるのはエンジンだけである。

そこで、後ろ向きのエンジンではなく下向きのエンジン、つまりリフト・エンジンを搭載するという考えが出てくる。日本では、科学技術庁・航空宇宙技術研究所(当時)がVTOLのテストベッド機を開発して、1970年12月15日に初めて浮上飛行を成功させた。前回にも紹介した、各務原市のWebサイトに写真が載っている。

参考 : STOL(短距離離着陸)およびVTOL(垂直離着陸)研究に使われた実験機 (各務原市Webサイト)

上のWebサイトに載っている写真はサイズが小さいのでわかりにくいが、機体の中央上部に2個、お椀状の物体が突き出ている。これがリフト・エンジンとなるJR100エンジンの吸気口に取り付けられた異物吸入防止用のメッシュ・カバーだ。その右側に、パイロットが右向きに座っている。

リフト・エンジンが発生する浮揚力の中心は、機体の重心位置と合わせる必要がある。浮揚力の中心と機体の重心位置がずれていると、浮揚力によって機体がつんのめったり、仰向けにひっくり返ったりしてしまう。だから2基のJR100エンジンは中央に設置した。

各務原市のWebサイトでも言及されているように、実は機体の中央に据え付けた2基のエンジンだけでは具合が悪い。風であおられるなどの事情で姿勢が崩れる可能性があるから、機体の水平を保つために追加の制御手段が必要になる。

そこで機体の前後左右にフレームを延ばして、その先端部に圧縮空気の吹出口を設けた。例えば機首が下がったら、機首の吹出口から圧縮空気を吹き出して持ち上げることで姿勢を元に戻す。他の向きについても同様だ。

つまり、機体の姿勢ならびに姿勢変化を把握する仕掛けと、それを受けて迅速に姿勢変化を打ち消すように圧縮空気を噴射する制御の仕掛け。その両方がなければVTOL機は安定できないのである。

VTOL機の水平飛行

さて。航技研で製作したテストベッドは「垂直離着陸と姿勢制御」のための実験機だった。ただ、縦向きにエンジンを取り付けただけでは横方向の移動ができないから、実用機にならない。

実は、それには解決策がある。ソ連の飛行研究所(LII)が1955年に、同様の形態を持つVTOLテストベッド「トゥールボリョット」を製作したが、これはリフト・エンジンの排気口に推力偏向用の舵(ベーン)を取り付けてあった。

そのベーンが縦向きなら、排気ガスは真下に向けて吹き出す。ところがベーンを斜めにすると、排気ガスが吹き出す向きも斜めになるから、横方向の分力が発生して水平方向の移動が可能になる。とはいえ、斜め方向に向けて噴出する排気ガスの分力に頼るだけでは、十分なスピードで水平飛行するのは無理がある。

すると、「リフト・エンジンとは別に、水平飛行用のエンジンと主翼を備えた飛行機」という形態に行き着く。

具体的に何年から何年まで、と区切るのは難しいが、1950年代から1960年代にかけてだろうか。欧米でVTOL機のブームが起きた時期があり、さまざまな機体が研究されたり、試作されたりした(そしてたくさんの墓標を後に残した)。

そうした中、ソ連ではミコヤン設計局がMiG-21の胴体内にリフト・エンジンを追加したYe-7PDを、スホーイ設計局がSu-15の胴体内にリフト・エンジンを追加したT-58VDを試作した。ただしこれらはSTOL(Short Take-Off and Landing)機で、VTOLには踏み込んでいなかった。

リフト・エンジンでアシストすることで浮揚力を増して、短距離離陸を可能にしようという考えである。だからYe-7PDもT-58VDも、後部に取り付けた主エンジンには推力偏向機構はない。そして、短距離離陸のためだけにエンジンを追加するのでは重量面のペナルティが大きすぎて割に合わないと考えたのか、リフト・エンジン付きSTOLの話は実用段階まで進まなかった。

しかし、リフト・エンジンを組み込んで、さらに主エンジンに推力偏向機構を追加すればVTOLができるのでは? という発想に至るのは自然な流れだったと言えるかもしれない(次回に続く)。