前回は、シコルスキーX2、ユーロコプターX3、X-49スピードホークといった、推進用プロペラを別に用意するタイプの機体を取り上げた。X2はその後、実用を目指したS-97レイダーに発展したが、その他の2社は実用機を開発する動きにつながっていない。一方、すでに実用機の配備が進んでいるのが、すでにおなじみの「あれ」である。
ローターの向きを変えてしまえ
メインローターとは別に推進用プロペラを用意するということは、推進用プロペラとそれの駆動機構が、離着陸時には使われないデッドウェイトになるということである。また、メインローターとエンジンをつないだり切り離したり、という仕掛けも必要になる。
1つのメカで「離着陸時の揚力」と「水平飛行中の推進力」を兼用できれば合理的だが、前者は上下方向、後者は水平方向に機能するものだから、どちらか一方に合わせた向きで取り付けると、他方の用途に対応できない。それなら、離着陸時と水平飛行時で向きを変えてしまえば、両方の用途に対応できる。
というわけで登場したのが、おなじみのティルトローター機。水平飛行時の揚力を発生させるために主翼を設けて、その両端にエンジンとローターを取り付ける。ただし、ヘリコプターのローターとしての機能と、固定翼機の推進用プロペラの機能を兼ねているので、プロップローターという。
そのプロップローターの向きを変えることでモードを変換して、ヘリコプターと同様の垂直離着陸、それとヘリコプターでは達成できない高速の水平飛行を両立したのが、ティルトローター機である。そして、最も有名なティルトローター機が、ご存じV-22オスプレイである。
アメリカ海兵隊のMV-22Bオスプレイ。プロップローター(と、それを回転させるエンジンを収納するナセル)を斜め上に向けた状態で展示されていたが、もちろん垂直離着陸の際には真上を、水平飛行の際には前方を向く |
V-22は離着陸の際に、エンジン・ナセルをまるごと方向転換して真上を向ける。するとプロップローターからの空気の流れは下を向くので、それによって機体を支えることができる。離陸後にモード転換を行い、水平飛行に遷移すると、エンジン・ナセルは前を向き、プロップローターからの空気の流れは推進力を生み出す。
なお、左右のプロップローターは互いに逆方向に回転して、トルクを相殺するようになっている。また、両者をシャフトでつないであるので、片方のエンジンが停止しても、他方のエンジンの駆動力を使って両方のプロップローターを回すことができる。
V-22の操縦装置
米軍基地の一般公開で実物を御覧になったことがある方はおわかりかと思うが、V-22の操縦席は一般的な固定翼機と大して違わない。左右に並んだ正副操縦士席があり、それぞれの正面に操縦桿らしきモノが生えている。ただしV-22では後述するように、ヘリコプターと同様のサイクリック・ピッチ操作が入るため、サイクリック操縦桿と呼ぶ。
左手の位置にはスロットル・レバーらしきモノが生えている。確かに推進力を制御するためのものだが、エンジンの回転を増減させるだけでなく、ヘリコプターと同様のコレクティブ・ピッチ操作も行うので、スロットル・レバーとはいわず、推力制御レバー(TCL)という。そして両脚でラダーペダルを踏む。これは固定翼機と同じ。
ちなみに、V-22の操縦席は右側が機長、左側が副操縦士という配置で、ヘリコプターと同じ。固定翼機とは逆である。
プロップローターの動作内容
V-22が面白いのは、「ヘリコプター・モード」と「エアプレーン・モード」という2種類の飛行モードを備えているところ。
前者ではヘリコプターと同じ動作をする。だから、主翼と尾翼に付いている操縦翼面は使わない。そもそも空中停止していたら風が当たらないのだから、操縦翼面は効かない。そのため、別の方法で操縦する必要がある。
まず左右の横転(ロール)だが、これは左右のプロップローターについて、それぞれ異なるコレクティブ・ピッチの操作を行うことで実現する。この操作は、パイロットの正面についているサイクリック操縦桿を左右に動かすことで指示する。
例えば、左舷の1番エンジンに付いているプロップローターのピッチを増して、右舷の2番エンジンに付いているプロップローターのピッチを減らすと、左舷側の揚力が増えるから、機体は右に横転する。左に横転する場合は逆だ。
機首を左右に振る、いわゆるヨー方向の操作は、左右のプロップローターについて、それぞれ異なるサイクリック・ピッチの操作を行うことで実現する。この操作はラダーペダルを踏んで指示する。
例えば、左舷の1番エンジンに付いているプロップローターのサイクリック・ピッチを変えて前進方向の力を発生させる一方で、右舷の2番エンジンに付いているプロップローターのサイクリック・ピッチを変えて後進方向の力を発生させると、左側で前進力、右側で後退力を発生するから、機首は右を向く。機首を左に向ける場合は逆だ。
機首を上下に振る、いわゆるピッチ方向の操作は、左右のプロップローターについて同じ方向のサイクリック・ピッチ操作を行うことで実現する。ヘリコプターでメインローターの回転面を前後方向に傾けるのと同じ理屈で、これはサイクリック操縦桿を前後に動かすことで指示する。
なお、エアプレーン・モードでは、フラッペロン(フラップとエルロンが一体になっているので、こうなる)、昇降舵(エレベーター)、方向舵(ラダー)の操作によって操縦するが、これは通常の固定翼機と同様だから、細かい解説は割愛する。
操縦装置をモードによって使い分けるわけではなく、同じ操縦装置がモードによって異なる機能を果たしていることになる。例えば、サイクリック操縦桿を左右に倒すと、ヘリコプター・モードならコレクティブ・ピッチ操作になるし、エアプレーン・モードならフラッペロンの操作になる。
それをいちいち手作業でモードを切り替えていたら間違いの元だから、フライ・バイ・ワイヤ(FBW)操縦システムを導入して、モードに応じて自動的に、操縦操作の対象を切り替える仕組みになっている。
主翼ごと向きを変えるVTOL機もあった
同じように「推進力の向きを変える」タイプのVTOL(Vertical Take-Off and Landing) 機として、過去にNASA(National Aeronautics and Space Administration)がXC-142という機体を製作してテストしたことがある。V-22はローター部分だけが向きを変えるからティルトローターだが、XC-142は主翼がまるごと向きを変えるからティルトウィングという。
こちらは、エンジンとプロペラを取り付けた主翼ごと向きを変えて、推力方向を下に向けることで機体を支える大技を使っていた。しかしそうすると、主翼と胴体の結合部の構造が問題になる。
主翼の向きを変えるために、結合部にヒンジを設ける必要があるが、そこに機体の重量も推進力もすべてかかってくる。だから、スムーズな動きを実現するだけでなく、十分な強度と耐久性も求められる。
ちなみにV-22オスプレイの場合、海兵隊の揚陸艦に搭載するため、翼胴結合部には主翼を水平方向に回転させて前後向きにするメカが組み込まれている。つまり、主翼とエンジン・ナセルの境界部で向きを変えるだけではなく、その主翼と胴体の間でも向きが変わるのだ。しかし、翼胴結合部の折り畳み機構はティルトローター機に固有のメカというわけではないので、ここでの解説は割愛する。