NATOは現在、HVP(High Visibility Projects)と題する一連の装備開発計画を進めている。その一つが、次世代版の中型ヘリコプター調達計画・NGRC(Next Generation Rotorcraft Capabilities)。NATO加盟国が運用しているさまざまなヘリコプターについて、寿命が来るタイミングに合わせて共同開発する新型機で代替しようというもの。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • 多くのNATO加盟国で使われているNH90ヘリコプター(これはスウェーデン軍の艦載型)。これもいずれは代替機を必要とすることになる 撮影:井上孝司

エアバスとシコルスキーが概念研究契約を受注

具体的なスケジュールとしては、2035~2040年ないしはそれ以降に寿命を迎える機体の代替用だと説明されている。そして、巡航速力220ktとの要求が目を引く。

このNGRC計画を所掌しているのは、NATOの装備調達部門・NSPA(NATO Support and Procurement Agency)。2021年11月に計画のローンチを発表、主導するのはフランス、ドイツ、ギリシア、イタリア、イギリスで、さらにスペイン、オランダ、アメリカがオブザーバーとして関与するとしていた。

そして2022年6月に概念策定フェーズの作業を開始。翌2023年5月にメーカー向けの説明会を実施、その2カ月後の7月にはエンジンを対象とする提案要求(RfP)を発出した。

そして2024年7月に、エアバス・ヘリコプターズと、ロッキード・マーティン傘下のシコルスキーがそれぞれ、NSPAから概念研究の契約(コンセプトスタディ#5)を受注した。

エアバス・ヘリコプターズ側は、RTX傘下のコリンズ・エアロスペース部門とレイセオン部門、それとMBDAが参画することが明らかにされている。一方のシコルスキー側は、BAEシステムズ、GEエアロスペース、ヘレニック・エアロスペース、サフラン、ラインメタル、テルマなどが参画することが明らかにされている。

NGRCは国際共同案件であるから、アメリカのメーカーといえども、ヨーロッパ企業をチームに取り込む必要がある。逆もまた同様で、ヨーロッパのメーカーといえどもアメリカのメーカーを巻き込む必要がある……そんな状況が垣間見える。

巡航速力220ktを目指す

先にも触れたように、NGRCでは「巡航速力220kt」との要求がある。キロメートル単位に直すと407.44km/h。巡航速力がこれだから、最大速力はもっと上を行くことになる。この数字は、一般的なヘリコプターで得られる性能を超えている。

そして、概念研究契約を獲得したエアバス・ヘリコプターズもシコルスキーも、通常型のヘリコプターとは異なる機体を開発して、飛ばしている実績がある。

まずエアバス・ヘリコプターズだが、本連載の第58回で取り上げた「ユーロコプターX3」と、それに続いて開発した「Racer」がある。「Racer」は2024年4月25日に初飛行を実施、7月23日には目標の巡航速力407km/h(220kt)を達成したとの発表があった。

エアバス・ヘリコプターズがNGRCの契約獲得に際して出したプレスリリースでは、こうした実証機のことも、「こんな形態にします」ということも言及が見られない。しかし、巡航速力220ktは通常形態のヘリコプターでは実現できない数字だから、「X2」や「Racer」の開発成果を活かすだろうと考えるのは不自然なことではないはず。

一方、シコルスキーのプレスリリースでは過去に製作した複合型ヘリコプターの技術実証機「X2」や、そこで得られた技術を活用して米陸軍の実用機を目指したS-97レイダーに言及している。このことから、NGRCに対しても、X2の技術を活用した機体を持ってくる可能性が考えられる。

  • シコルスキーの技術実証機「X2」。陰になって見えにくいが、尾部に推進用プロペラを備えている 撮影:井上孝司

エアバスの発想とシコルスキーの発想

どちらにしても、速度性能の引き上げに際しては「ローター失速」の壁を突き破る必要がある。高速で水平飛行を行う際に推進用プロペラを使用するところや、垂直離着陸用にメイン・ローターを持つところはどちらも同じだが、考え方にはちょっと違いがある。

エアバス・ヘリコプターズの機体はシングルローターで、反トルク打消し用のテイルローターは別に持っている。そして、左右の牽引式プロペラは小翼を介して取り付けてある。前進速度があるときには、この小翼が揚力の一部を負担するため、その分だけメインローターの負荷は少なくできる。

小翼が発生する揚力は速度が上がるほどに増加するから、その分だけメインローターの仕事は減る。そこでメインローターの回転数を低くする。回転数が下がれば、前進側ブレードでは抗力が低減するし、後退側ブレードでは失速防止につながる。

なお、メインローターも左右のプロペラも同じエンジンで駆動しており、トランスミッションから3セットの回転軸が出ることになる。

一方、シコルスキーの機体は二重反転ローターを使用しており、ABC(Advanced Blade Concept)二重反転ローターと称する。ブレードの迎角を周期的に変化させて、前進側の半円では揚力を発揮させるが、後退側の半円では揚力を発生させない。

上下のローターはそれぞれ逆方向に回転しているから、両方のローターが半円ずつ揚力発生を受け持つことで、左右均等に揚力を発生できる理屈。二重反転ローターでなければできない芸当である。

一方、シコルスキーのやり方では、推進用プロペラは胴体後端にひとつだけ付いている。X2では、二重反転ローターも推進用プロペラも、単一のエンジンでまとめて動かしていた。

本稿は、この2つの考え方に優劣をつけることは目的としていない。同じ「ローター失速の限界を突破して巡航速度を引き上げる」というゴールに対して、2つのメーカーがそれぞれ異なるアプローチをしている。その面白さを知っていただければ、それでよい。

問題は、NGRCという実用機の開発計画に際して、どういうアプローチをとれば、「調達・運用コストの抑制」「速度や搭載量といった飛行性能の確保」「抗堪性」(戦の道具には不可欠である)など、さまざまな要求を高いバランスで実現できるかである。それを評価するのはNSPAの仕事となる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。