旅客機の内装品を手掛けているコリンズ・エアロスペースが、自社のWebサイトで面白い記事を載せていたので、話題の変わり目に小ネタとして紹介してみることにした。

お湯を最適温度にするのが難しい

米軍の教範には「コーヒーは体力・気力の源である」と書いてあるらしい。別に米軍でなくても、筆者のように、仕事というと横にはコーヒーが欠かせない、という人もいる。ただし、味にむやみにこだわりがあるというほどではないのだが。

なんでも、淹れるときに使うお湯の温度一つで、コーヒーの味は大きく変わるものだという。そこでちょっと調べてみたら、以下のような話が出てきた。

  • 最適な温度は摂氏90~95度
  • 高めなら摂氏90~95度、中間なら摂氏85~90度、低めなら80~85度
  • 機内のドリンクサービスでコーヒーを頼む方は少なくないだろう。さて、お味のほうは?

登山をする方なら御存じの通り、標高が上がって気圧が下がると、お湯が沸騰する温度が低くなる。以前に書いたように、旅客機の機内はおおむね高度8,000ft(約2,400m)程度に相当する気圧になるように与圧されているので、日本の有名な山でいうと妙高山の山頂ぐらいに相当するだろうか。

そして、コリンズ・エアロスペースの説明によると、高度8,000ftにおける水の沸点は華氏で197度(アメリカの会社だから華氏で書くのである)。これを摂氏に直すと91.7度。先に出てきた「最適な温度は摂氏90~95度」の下限ギリギリである。ちなみに、コリンズ・エアロスペースでは「最適な温度は華氏195~205度(摂氏に直すと91~96度)」と説明していたが、どちらにしても下限ギリギリであることに変わりはない。

つまり、巡航中の旅客機の機中で美味しいコーヒーを淹れるには、まずお湯をしっかり沸点まで加熱しないとダメという話になる。そこで「コリンズ・エアロスペースのコーヒーメーカーでは、マイクロプロセッサを用いて精確な温度コントロールを行っています」とアピールしている。

しかし、お湯を沸かすだけでは話は終わらず、挽いたコーヒー豆にお湯を落とす部分も問題になる。そこで「独自設計のヘッドとカップにより、お湯を凹みの中央に流して外側に流すように工夫しています」という。お湯が外気に触れる時間が長くなれば、その分だけ温度が下がってしまうだろう。しかし、そもそも沸点が低いのだから、外気に触れて温度が下がる分を見込んで余計に加熱しておくのは難しい。

ちなみに、沸点が下がる問題はコーヒー以外にも影響が出る。そこで「地上より低い温度のお湯でも大丈夫なカップ麺」や「飛行中の機内で炊飯できる仕掛け」の開発に取り組んだのが、日本航空。国際線のビジネスクラスやファーストクラスに乗ると、機内で炊いたごはんを食べられるそうだ。

小型軽量、低発熱

お湯を沸点ギリギリまで沸かさなければならない、といっているのに矛盾するような話だが、コーヒーメーカーからの発熱が大きくなれば、空調システムの負荷を増やしてしまう。これは嬉しい話ではない。

そして、飛行機で使用するあらゆる機材がそうであるように、小型軽量、低消費電力であることも求められる。小型軽量は分かりやすいが、消費電力も機体の重量に影響するのだ。消費電力が増えれば発電機の負荷が増えて、発電機の大型化につながるし、燃料消費も増やす結果になる。すると燃料の搭載量が増えて、機体の離陸時重量が増える。グロース・ファクターである。たかがコーヒーメーカーと笑いそうになるが、他の機器も含めれば、塵も積もって山となる(?)。

そしてもちろん、安全性や耐衝撃性といった面では航空機の安全基準に適合しなければならない。矛盾の塊みたいな話になるが、小型軽量・低消費電力で、かつ安全基準に適った製品を作らないといけない。

  • 国内線仕様機でも、ギャレーにはちゃんとコーヒーメーカーが備わっている(日本航空の国内線仕様787報道公開で撮影)

まだある。旅客機の客室乗務員は他にもいろいろな仕事があり、コーヒーを淹れている現場につきっきりというわけに行かない。取り扱いが容易で、豆と水をセットしてスイッチを入れたら、後は放っておいても美味しいコーヒーを淹れてくれるぐらいでないと困る。

そして、コリンズ・エアロスペースでは「弊社のNespressoは、つきっきりで面倒をみなくても自動的にカプチーノを淹れてくれます」とアピールする。美味しいコーヒーを出せることは、エアラインにとっても重要なアピールになり得るし、旅客にとってもありがたいことだ。それで航空旅行に潤いがもたらされれば、みんな幸せになる。

おわりに

なんだか笑ってしまいそうな話だが、笑い事ではない。これまで挙げてきた、さまざまな要求に対応できる機器を作るのは簡単なことではないはずだ。たまたま今回のお題はコーヒーメーカーだったが、他のギャレー機材、あるいはギャレー以外のところで使用する各種機材・設備も同様だ。

しかも一方で、カスタマーとなるエアライン各社からは、サービス改善による旅客向けのアピールを図るために、さまざまな注文がつけられる。旅客機の内装品・接客設備を開発・製作するのは、なんとも大変な仕事である。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。