前回に続いてもう1回、映画『トップガン・マーヴェリック』に関連する話題で引っ張ってみたい。戦闘機が画面の中を派手に飛び回る痛快な映画だが、派手に激しく飛び回るということは、それだけ機体にも負荷がかかっているということである。

スーパーホーネットの荷重制限値は7.5G

『トップガン・マーヴェリック』で主役を務めている戦闘機はF/A-18E/Fスーパーホーネットだが、米海軍のフライトマニュアルによると、同機の荷重制限値は7.5G。ちなみにF-35Cも同じである。F-35AやF-16の荷重制限値は9Gだから、それと比べると、いくらか控えめな数字ではある。ついでに余計なことを書くと、7.5Gの荷重がかかると、筆者の体重が323kgぐらいに増えるのと同じことになる。

  • デモフライトで、離陸した途端に降着装置を上げながら横転するスーパーホーネット。速度が低いから、この程度なら大きなGはかかっていないと思われる 撮影:井上孝司

もちろん、戦闘機の計器盤にはGメーターというものが付いていて、何Gの荷重がかかっているかは、それを見れば分かる。しかし、操縦操作次第では、設計上の上限値を超えてしまう可能性もある。

もっとも、F/A-18E/Fも含めて当節の戦闘機はフライ・バイ・ワイヤ(FBW)が普通だから、飛行制御コンピュータのプログラム次第で、限界を超える荷重がかかるような動きに入らないようにできる。ただし、そこのところで2種類の思想があり、「なにがなんでも上限値は超えさせない」とする流儀と、「緊急避難的に上限を超えるのは許容する」とする流儀があるという。

ともあれ、設計上の上限を超える荷重がかかれば(いわゆるオーバーG)、それだけ機体構造は傷む。もちろん安全率を考慮に入れた設計になっているから、荷重制限値を超えた途端に機体がバラバラになることはない。しかし、事後に機体の点検や、もしかすると補修が必要になる可能性はついて回る。

だから、「訓練飛行でオーバーGをやってしまったパイロットには、後で整備の現場に謝りに行かせるようにしていた」という上官も現れるわけだ。整備員の仕事を増やしてしまっているわけだから。

また、オーバーGに入らなくても、飛び方によって機体の傷み方は違ってくる。例えば、レーダー探知を避けようとして地面に近い超低空を飛ぶと、大気の密度が高い上に気流などの影響を受けやすくなり、機体構造にかかる負荷が増える。F-15を改設計して、低空侵攻を常用する対地攻撃型のF-15Eストライクイーグルを生み出したときに、機体構造をごっそり設計し直したのも、宜なるかな。

艦上機で大きな負荷がかかる部位、傷みやすい部位

『トップガン・マーヴェリック』の冒頭で、空母の飛行甲板におけるフライト・オペレーションのシーンが出てくる。前作も同様だったが、カタパルトから漏れ出た蒸気が漂う中でフライト・オペレーションの準備が進められて、「発艦開始」となった途端に「静から動」に切り替わるところが、何回見ても血湧き肉躍る。

閑話休題。これは本連載で以前にも書いたような気がするが、空母からの発着艦は機体を痛めつける。発艦の際には、首脚に取り付けたローンチ・バーをカタパルトのシャトルに引っかけているから、機体が加速するための力は、首脚とそれの取付部に集中する。

着艦の際には、まず主脚がドカンと甲板に接地するし、着艦拘束フックが首尾良くワイヤーを捉えれば、機体の行き脚を止める際にかかる力は着艦拘束フックの取付部に集中する。

  • 空母「ロナルド・レーガン」から発艦するF/A-18F。カタパルト射出の際には、ローンチ・バーが付いている首脚に荷重が集中する 写真:US Navy

そんなわけで、空母搭載機は主翼や翼胴結合部だけでなく、胴体全般に傷みがきやすい。だから、F/A-18C/Dの延命改修機のように、中央部胴体だけ新品に取り替えるようなことも起きる。一部の部位が突出して傷んでいるのであれば、そこを新品にすることで延命を図ることができるわけだ。全体が傷んでいれば、一部だけ入れ替えるのは経済的に引き合わないが。

あと、艦上機は海の上を職場としているから、機体構造が海水に含まれる塩分の影響を受ける。もちろん、それを考慮した設計になってはいるが、整備点検の負担は陸上機より大きいのではないか。

では、操縦士は?

機体構造についてはこんな調子だが、乗っている操縦士はどうか。もちろん、戦闘機に乗る場合には例外なく耐Gスーツを身につけている。だから、大きな荷重がかかって下半身に血流が集中したときには、Gスーツに圧縮空気を送り込んで下半身に圧力をかけて、血流の集中を防ぐ。とはいえ、高いGにさらされると、時には操縦士が意識を失ってしまう、いわゆるG-Locに遭遇する可能性もある。

操縦士に意識がある状態で、空間識失調(バーティゴ)に入ってしまったのであれば、F-35の「Auto Recovery」ボタンみたいな仕掛けで自動的に水平直線飛行に戻す手がある。しかし意識を失ってしまったのでは話が別。そこでF-16やF-35には、Auto-GCAS(Automatic Ground Collision Avoidance System)という、地面との意図せざる接触を自動的に回避する仕掛けが付いた。

F/A-18についても、Auto-GCASを導入する話が出たことがある。2020年6月に、カナダのF/A-18A/Bに対する能力向上改修をアメリカが提示したとき、メニューにAuto-GCASが含まれていた。

先にFBWの話を書いたが、FBWを応用すれば、オーバーGだけでなく、危険な機動や姿勢に入らないように飛行制御コンピュータをプログラムすることもできる理屈。しかしここでも、緊急避難的な操作を認めるかどうかについて、意見が分かれるところかもしれない。

こうしてみると、戦闘機というのは設計する段階でも製造する段階でも、そして飛ばす場面でも、なんとも大変な乗り物である。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。