陸上の滑走路などの話は書いた。海上の艦船から発着する話も書いた。さて残る領域は……ということで、最後に空中発進と空中回収の話を書いてみようと思い立った。

グレムリン、空中回収に成功

第257回で、米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)が進めているグレムリン計画を紹介した。グレムリン計画とは、C-130輸送機を母機として、無人機の空中発進・空中回収を実施するプログラムである。

グレムリン計画は現在も進行中で、2020年10月28日から第3次の飛行試験を実施、完了している。これは、発進・回収の対象となる実験用の無人機「X-61A GAV(Gremlins Air Vehicle)」で2時間を超えるフライトを行い、自律編隊飛行の全ケースや安全性に関する検証を実施するというもの。

また、母機となるC-130とのドッキングについても、合計9回の接続試験を実施した。ところが、この時点では機体相互間の動きが見込みより大きかったため、安全策をとって空中回収は断念して。パラシュートで回収した。

結局、空中回収に成功したのは2021年10月29日のことで、場所はユタ州のダグウェイ試験場上空。2機のX-61Aを使用して、合計4回のフライトを実施。その際に、機体の性能、回収のための接続、回収装置に関わる空力的干渉に関するデータ収集を実施した。

  • 2021年10月、C-130は2機のX-61Aの回収に成功した 写真:DARPA

    2021年10月、C-130は2機のX-61Aの回収に成功した 写真:DARPA

  • 2019年11月に初めて飛行に成功したDyneticsの「X-61A GAV(Gremlins Air Vehicle)」 写真:Dynetics

    2019年11月に初めて飛行に成功したDyneticsの「X-61A GAV(Gremlins Air Vehicle)」 写真:Dynetics

また、最後の試験では回収した機体の再整備を実施して、24時間以内に再飛行を可能としたという。ちなみに、X-61Aの想定寿命は20サイクル、つまり20回は再利用できるということ。寿命をむやみに長くしても機体のコストなどに響くから、コストと実用性のバランスをとったらこの数字に落ち着いたということか。

DARPAでは、この試験の模様を撮影した動画も公表している。まずは動画を見ていただく方が、何が起きているのかを理解しやすいと思われる。

DARPA Gremlins Program Demonstrates Airborne Recovery

グレムリンとスカイフック、仕掛けの違い

当たり前の話だが、空中回収では「回収される機体」も「回収する側の母機」も飛んでいるわけで、相互の位置関係は常に変化するものと考える必要がある。

そこで、グレムリン計画では漏斗状の回収装置を用意して、それをケーブルを用いて繰り出すようにした。そこに、回収対象となるX-61Aの背面に備えたプローブを突っ込む。この動きは、プローブ&ドローグ方式の空中給油で行う操作と似ている。回収装置の後部が漏斗状になっているから、多少の位置変化があってもコンタクトできる。

コンタクトに成功したらケーブルを巻き取って、機体の固定を受け持つ「Λ」型の部材のところまでX-61Aを引き上げる。この「Λ」型の部材と、回収装置、それを接続するケーブルのリールで構成する機材一式は、C-130の後部貨物ランプから突き出す仕組み。

空中にいる機体を回収する話というと、だいぶ昔にイギリスで、「スカイフック」という構想が出たことがある。これは垂直離着陸が可能なハリアー戦闘機を、飛行甲板を持たないフネから運用できないかということで考え出されたもの。

クレーンのようなアームを用意して、その先端に機体とコンタクトする仕掛けを用意する。ただしグレムリンのように柔らかいケーブルを使うのではなく、4本の「腕」を下向きに設置して、その先端に結合用の金具を備える構造だったようだ。

ハリアーはホバリングができる分だけマシだが、回収を担当するフネの方は当然ながら揺れるし、ハリアーの方もピタリと同じ位置を保ち続けられるとは限らない。相対位置の変動はアームの動きで吸収するわけだが、あまり簡単そうには見えない。

そして当然というべきか、スカイフック構想は実用には至らずに頓挫した。

機体の構造にも影響する

モノになるかどうかは別として、こうした空中回収をやろうとすると、回収の対象になる機体の側では構造設計に影響が生じるはずだ。なぜかというと、背面から機体を吊ることになるから、吊るす際に使用する連結用の金具を取り付ける場所には、機体の重量がかかってくる。前進速度があれば空力的な荷重も発生するし、揺れなどによる突発的な荷重も考えられる。

普通、機体の重量を支えるのは主翼または降着装置だから、翼胴結合部、あるいは降着装置の取付部に大きな荷重がかかる。したがって、機体構造はそういう前提で設計している。しかし、空中回収の対象になる機体では、そうした一般的な形態とは異なる荷重条件が発生することになる。

すると、X-61Aのように最初からそのつもりで設計した機体はともかく、既存のハリアーをスカイフックに対応させようとすれば、構造設計のやり直しが必要になった可能性がある。スカイフックにおいて、回収装置と機体を連結するための金具を主翼の上面に設けた理由は、構造設計への影響を最小限に留めるためであったのかもしれない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。