ターボプロップ双発のリージョナル機を手掛けているATR社について、本連載では5年ほど前から取り上げている。そのATRのCEOを務めるステファノ・ボルトリ氏、コマーシャル部門担当の上級副社長を務めるファブリス・ヴォーティエ氏、ATR日本代表を務める好田二朗氏による記者説明会が、6月8日に行われた。今回はそのポイントをお伝えしよう。

  • 左から順に、ファブリス・ヴォーティエ氏、ステファノ・ボルトリ氏、好田二朗氏 撮影:井上孝司

    左から順に、ファブリス・ヴォーティエ氏、ステファノ・ボルトリ氏、好田二朗氏 撮影:井上孝司

ATRの現況

現在、天草エアライン(AMX)がATR42-600を1機、日本エアコミューター(JAC)がATR42-600を9機とATR72-600を2機、北海道エアシステム(HAC)がATR42-600を3機、それぞれ運航している。これらの合計15機が、日本国内における現時点での稼働機。

  • 日本エアコミューターのATR72-600(JA06JC)。これが累計納入1,500機目にあたる機体だが、現在の累計納入は1,600機を超えている 撮影:井上孝司

    日本エアコミューターのATR72-600(JA06JC)。これが累計納入1,500機目にあたる機体だが、現在の累計納入は1,600機を超えている 撮影:井上孝司

さらに、オリエンタルエアブリッジ(ORC)がDHC-8 Q200の後継として2機の導入を決めており、これは2022年の受領を予定している。続いて、新潟を拠点とするLCCのトキエアがATR72-600を2機、リース契約で導入する話を決めており、これらが出そろうと総数は19機に増える。

ただし、滑走路長が890mしかない佐渡空港に就航するにはATR72-600では離着陸滑走距離が長いため、トキエアでは短距離離着陸性能を高めるATR42-600Sも導入する方針だという。これについては、ATRとの間で2021年11月に合意をまとめている。

そのATR42-600Sは2021年9月の時点で、機体の設計・仕様・性能を確定するところまで作業が進んでいた。離着陸距離の短縮に際して、空力、オートブレーキのソフトウェア、方向舵(舵角を増やす)などに手が入るため、検証試験が必要になる。2022~2023年にかけて試験を予定しており、2024年の第四四半期に認証を取得して2025年に就航させる計画。

また、2022年5月18日に、次世代機「EVO」の構想を明らかにした(名称の由来はもちろん “evolution”)。ローンチは2023年、市場投入は2030年までに実現する考え。エンジンやプロペラの新型化、客室の改善といった改良が入り、20%の燃費改善を目指すとしているが、エアフレームを大きく変えることはしない。

カーゴフレックスとSmart Lander

今回の記者説明会で出てきた新しい話題として、カーゴフレックスがある。ATR42やATR72は、キャビンとフライトデッキ(操縦室)の間、つまり機首寄りに貨物室を持つユニークな配置の持ち主だ。それに加えて、貨物室後方の客室でも、必要に応じて腰掛を取り払い、貨物用の収納スペースを設置できるようにするのがカーゴフレックス。

  • 新たに紹介されたカーゴフレックス(中央)は、客室内に貨物用コンテナを設置して貨物搭載量を増やすもの。一晩で転換できるとしている 資料:ATR

    新たに紹介されたカーゴフレックス(中央)は、客室内に貨物用コンテナを設置して貨物搭載量を増やすもの。一晩で転換できるとしている 資料:ATR

狙いは、旅客・貨物の需要変動に対応しやすくすること。季節によって貨客の比率が大きく変わるような路線で意味を持ってくる。転換に時間がかかると「飛ばない機体は利益を生まない」から経済性に問題が出るが、貨物収納スペースの設置・撤去は一晩でできるので、ロスは最小限で済む。このカーゴフレックスは、トキエアが採用を決めている。ATR42-600なら旅客30席と追加貨物700kg、ATR72-600なら旅客44席と追加貨物1,400kgの搭載が可能になる。

ATRのラインアップには貨物専用型もある。それがATR72-600Fで、フェデックスが発注を決めている(ATR42-600には貨物専用型はない)。しかし、これは常に貨物を満載できる需要があればこその選択肢で、需要が小さいリージョナル路線や離島路線では、貨客混載が普通だろう。そこで、貨客の比率を柔軟に変更して、できるだけ機体を有効に使えるのがカーゴフレックス、という話になる。

もうひとつの “Smart Lander” は、2022年5月12日に発表があったもの。サフラン・ランディング・システムズが、サフラン・エンジニアリング・サービスやATRと組んで実施する、ハードランディングによって降着装置が傷んだときの対処に関わるサービスだ。ATRの全モデルに対して適用可能だが、特に短距離離着型ATR42-600Sのオペレーターにとって有用ではないだろうか。

機械学習を用いて過去のハードランディング事例を学習・解析することで、実際にハードランディングに遭遇した機体に対する状況判断をリモートで実現。それにより、最適な整備対処を定めてダウンタイムを最小化するのが目的。なにしろ「飛ばない飛行機は利益を生まない」から、ダウンタイムの最小化は重要な課題だ。

このほか、CO2排出削減に関わる話が賑やかな昨今だから、SAF(Sustainable Aviation Fuel)の話も出た。SAFとケロシンのブレンドではなく、SAFを100%使用できるようにするための認証に向けた作業が進んでおり、実現は2025年を目指す。エンジンに手を加える必要はないので、燃料が変わっても問題ないことを確認するのが主な課題となろう。

強みを生かしつつ状況に適応する事業姿勢

技術がらみの話はこれぐらいにして、企業姿勢について少し触れてみたい。企業を、そして航空業界を取り巻く状況は時代によって変わるが、ATRは得意分野を守りながら周囲の状況に適応しているとの印象がある。

ATRは、リージョナル用途の双発ターボプロップに特化した事業を展開している。そして、「テクノロジーを手頃な価格で提供する」「多用途性を安価に、信頼性が高いものを」といっている。技術は手段であって目的ではないし、エアラインにしてみれば、燃費を含む運航経費が安く、信頼性や快適性が高い機体が欲しいのだ。

  • 構想を明らかにした新形「EVO」。ターボプロップ双発という基本は崩さずに、経済性の追求や環境問題への適応を図る考えのようだ 資料:ATR

    構想を明らかにした新形「EVO」。ターボプロップ双発という基本は崩さずに、経済性の追求や環境問題への適応を図る考えのようだ  資料:ATR

経済性や環境性能を追求するのは当然の要求だが、飛び道具に頼るよりも、ターボプロップ・エンジンという大枠の中で改善を図ろうとしている。その一環として、プラット&ホイットニーの新型エンジンPW127XTを搭載する話がある。エンジンの新型化により、20%の整備費削減、3%の燃費向上、耐久性の改善を図り、運用・整備(O&M)の経費を抑える。

貨物型やカーゴフレックスは、リージョナル貨物輸送の需要増大を受けたもの。例えば、ネット通販の利用が増えれば貨物の需要が増えるし、離島だと船便より航空便の方が速い。しかし、経済性が高い航空貨物輸送手段がなければ画餅に終わる。そこでATRは経済性が高い貨物空輸手段を提供して「リモート・コミュニティのライフライン」とアピールする。

また、短距離離着陸が可能なATS42-600Sは、「就航可能な飛行場が増えれば、人やモノが動いて地域を活性化する」となる。それを新規開発ではなく既存機の改良で実現できれば、コストもリスクも抑えられる。

一般的な話として、自社製品の利点・強みを認識した上で、軸をぶらさずに状況の変化に適応しつつ売り込んでいく姿勢は大事ではないか、なんていうことを考えた次第。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。