これまでは、固定翼機が離着陸(または離着水)のために滑走するスペースの話を書いてきた。そこまで書いたところで、ヘリコプターの話を忘れていたことに気付いたので、今回はヘリコプターの発着に使用する場所の話を。

ヘリの離着陸にはヘリパッド

ヘリコプターは垂直離着陸が可能だから、長い滑走路は要らない。普通、正方形あるいは円形の離着陸スペースを設けて、これをヘリパッドと称する。ただし一般には、ヘリポートという言葉のほうがなじみがあるかもしれない。

地上に設置するものだけでなく、高層ビルや病院などで、ビルの屋上に設置する事例も多い。また、軍民を問わず、艦船にヘリコプター発着用のスペースを設ける事例も多いが、なぜかこちらはヘリパッドという言葉をあまり使わず、ヘリ発着甲板と呼ぶのが普通だ。

海の上では、海底油田や海底ガス田に設けた掘削用プラットフォームにも、資材・人員の輸送用にヘリパッドを設けることが多い。実は、この洋上石油・ガス掘削プラットフォーム向けの空輸が、大形輸送ヘリコプターの需要を増やしている。

いずれにしても、「ここがヘリパッドです」と上空から識別できるように、「H」の字を大書するものだが、軍艦のヘリ発着甲板だけは例外。「H」の字は書かないが、国によってそれぞれ、独自の標記を施していることが多い。手近なところだと、海上自衛隊の護衛艦と米海軍の駆逐艦や巡洋艦では、ヘリ発着甲板の標記が違う。

  • 海上自衛隊の護衛艦「おおなみ」艦尾に設けられたヘリ発着甲板。マーキングがよく分かる 撮影:井上孝司

サイズと重量の両方が問題になる

さて。ヘリパッドにしろヘリ発着甲板にしろ、それを設計・設置する際に問題になるのは、機体のサイズと重量だ。ただし、そこで注意しないといけないのが機体のサイズ。胴体の全長だけ見ていると間違いの元である。なぜかといえば、頭上で大きなローターが回転しているから。実際にはギリギリだと危険だから、前後方向も幅方向も、運用を想定する機体の最大サイズに対して、さらに余裕を持たせた空間を確保しないといけない。

テイルブームとテイルローターを備えるヘリコプターの場合、事実上の全長は「メインローターの回転円先端」から「テイルローターの回転円先端」までとなる。これがタンデムローター機になると、胴体の前後端に近いところにそれぞれ大きなローターが取り付くので、事実上の全長は胴体の全長よりもかなり長くなる。

一方、最大幅はメインローターの回転円の直径とイコールである。メインローターの回転円よりも胴体の幅のほうが広いヘリコプターというのは、あまり聞いたことがない。

ところが、スペースの話だけではまだ足りない。ヘリコプターといっても大小さまざまなモデルがあり、それぞれ重量が違う。だからヘリパッドを設置する際には、まずどれぐらいの規模を持つ機体までの運用を想定するかを決めて、その機体の重量に合わせた強度を持たせて設計・施工する必要がある。

水上戦闘艦などに設置するヘリ発着甲板については、建造所が出すプレスリリースの中で「何トン級のヘリコプターまで対応できます」と書いてあることが多い。もうちょっと厳密に書くと、個々の降着装置にかかる荷重の最大値に耐えられなければ困る。しかも、着艦の際には接地の衝撃が加わるから、それも考慮に入れなければならない。

実のところ、艦載ヘリコプターといっても最大離陸重量は千差万別。いくつか選んで数字を出してみる。

  • ウェストランド・リンクス : 5.33t
  • レオナルドAW159リンクス・ワイルドキャット : 6t
  • カマンSH-2Fシースプライト : 5.7t
  • シコルスキーMH-60R : 10.7t
  • カモフKa-27 : 12t
  • レオナルドAW101 : 15.6t

もちろん、リンクスの発着しか想定していないヘリ発着甲板を持つ艦にAW101を降ろしたら、良い結果にはならないだろう。もっとも、物理的なサイズの制約もあるので、降ろそうとしても降ろせない可能性もあるけれど。

ヘリ発着甲板の設置場所

水上戦闘艦のヘリ発着甲板は、発着艦に必要なスペースの確保と接近・離脱のしやすさを考えて、艦尾ないしは艦尾寄りに設けるのが普通。ところが、民間の調査船やサルベージ船などでは、上部構造物を船首寄りに設けて、その上や前方にヘリ発着甲板を設ける事例もある。

その一例が、航空自衛隊のF-35Aが墜落したときに捜索のために登場した、サルベージ船「ファン・ゴッホ」。

船尾側はサルベージ作業用のスペースにとられているので、船橋を含む上部構造物は前端に設けてあり、その船橋の上から船首にかけてヘリ発着甲板がかぶさっている。当然、船橋から上方を見たときにはヘリ発着甲板の裏側しか見えないが、軍艦ではないから対空見張りの必要はなく、これでも差し障りは少なそうだ。

このヘリ発着甲板を見ると、トラス構造で形作っているものの、それを下から支える支柱は意外なほど細い。この外見からしても、大形で重い機体の運用は想定していないものと推察できる。太い支柱を立てれば前方視界に影響するだろうから、視界とヘリ運用能力の兼ね合いで妥協したらこうなった、という話だろうか。

  • サルベージ船「ファン・ゴッホ」。船橋上部にヘリ発着用のプラットフォームを載せて鉄骨で支えている。当然ながら、この部分の強度が、運用できる機体の重量を制約する 撮影:井上孝司

その代わり、この場所なら周囲が開けているから、接近・発着・離脱はやりやすそうだ。といっても、船尾側にはマストと煙突がはみ出しているので、それは避けて通らなければならない。なお、ヘリ発着甲板が煙突よりも前方にあるから、排煙の影響は回避できると思われる。

陸上のヘリパッドではそんなことはなさそうだが、艦船に設置するヘリ発着甲板は土台が揺れたり動いたりしているものだから、空母の飛行甲板と同様に滑り止め塗装が必須となる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。