もはやここまで来ると大脱線している感があるが、これまで本連載で取り上げたことがなかったネタでもある。それが、水面を滑走路代わりに使う、水上機と飛行艇。
水上機と飛行艇の違い
どちらも水面上に浮くところは同じだが、構造に違いがある。機体の下に独立したフロートを取り付けるのが水上機、機体そのものが水面上に浮く艇体になるのが飛行艇、という分類になる。例えば、海上自衛隊の救難機・US-2は典型的な飛行艇。対して、かつて「せとうちシープレーン」が飛ばしていた遊覧用の軽飛行機は水上機だ。
だから、飛行艇は最初から飛行艇として設計・製造する必要がある。それに対して、水上機は既存の陸上機を水上機に改設計する事例がある。我が国でもかつて、零式艦上戦闘機にフロートを取り付けて水上戦闘機に仕立て直した、二式水上戦闘機という事例があった。
実は、水上機にはさらに2種類の流派がある。すなわち、胴体下面に1つの大きなフロートと、左右の翼下にそれぞれ1つずつの補助フロートを取り付ける流派。二式水上戦闘機はこれだ。もう一つは、大きなフロートを2つ並べて、翼下の補助フロートはつけない流派。
どちらにしても、フロートは複数を並べる。そうしないと、ロール方向の安定が保てない。それに対し、飛行艇は胴体すなわち艇体だから、2つのフロートを並行に並べるわけにはいかず、左右の翼下に補助フロートを取り付けるのは必然となる。
これは水上機にも飛行艇にもいえることだが、水面上だけでなく、陸上の滑走路からでも離着陸できるように、車輪式の降着装置も併設していることがままある。我が国のUS-1やUS-2もそれで、胴体側面に主脚が張り出している様子は、外から見れば容易に分かる。上の写真で示した水上機も同様。
水面を滑走路の代わりにするメリットとデメリット
では、どうしてわざわざ水面上から離着陸する飛行機を作ろうという話ができたのか。
基本的には、滑走路建設という土木工事が要らないメリットがある。船に水上機や飛行艇を積んでいって、出先で海面に降ろして離着水させる使い方もできる。昔はそのための「水上機母艦」という軍艦があったぐらいだ。そして、水面が十分に広ければ、長い滑走距離を確保しやすい。滑走路みたいに向きが決まっているわけではないから、風上に向けて針路をとるにも具合がいい。
ところが、自然のままの水面を使って離着水するわけだから、波浪の影響を受けやすい。我が国の飛行艇は波浪に強いといわれているが、それでも限度はある。海上自衛隊の観艦式では飛行艇の離着水デモが通例だが、筆者が行ったときには2度とも海が荒れていて、見合わせになってしまった。
また、飛行機としての性能という見地からすると、特に大きなフロートをぶら下げたまま飛ぶ水上機は分が悪い。重量が増えるだけでなく、空気抵抗の発生源を持ち歩いているようなものだからだ。飛行艇も、胴体を艇体にするという制約がついて回る。
つまり、水上機にしろ飛行艇にしろ、利点は確かにあるのだが、デメリットやハンデも相応にある。そして、「滑走路が要らない」というだけならヘリコプターもある。そんなこんなの事情により、水上機や飛行艇は「どうしても水面に降りられないと困る」というニッチ用途で生き残っているのが現状といえるかもしれない。
過渡期の産物
ただし、これは今だからいえる話で、過去には「水上機や飛行艇もジェット化して飛行性能を向上させよう」という試みがあった。実際、ソ連ではジェット飛行艇が作られているし、アメリカでは、ジェット水上戦闘機なんてものまで試作された。
なんでそんな話になったかといえば、草創期のジェット戦闘機は性能不足。飛行性能を高めようとすれば機体が大型化するが、それでは空母からの発着艦が難しくなる。空母を大型化するといっても限度があるし、経費もかかる。だからといって、レシプロ・エンジンの機体を使い続けるわけにもいかない。それならいっそ、滑走距離の制限がなくなる水上機にしたら? というわけだ。
それが、以前に風洞試験用の模型を紹介したことがある、コンベアXF2Yシーダート。ただ、仮にもジェット戦闘機であり、速度性能が求められるので、大きなフロートをぶら下げた「下駄履き」とはいかない。そこでコンベア社が考え出したのは、胴体下面に2枚(後に1枚に変更)、水上滑走用のハイドロスキーをせり出させる方法だった。
XF2Yはデルタ翼を持つ双発のジェット機だが、水面上に駐機しているときには、機体そのものが海面上に浮かんでいる。ところが離着水の際には、胴体下面にハイドロスキーを張り出させる。浮揚に成功したら、これは引っ込める。当然、離着水の際にハイドロスキーから水しぶきが上がるので、海水をエンジンに吸い込まないように、エンジン空気取入口は胴体の下面ではなく背面側に設けた。
ところが、実際に機体を試作してテストしてみたところ、(そりゃそうだろうとしかいいようがないが)海面上を滑走する際の衝撃や振動が大きかった。それに、水上機として求められる機体形状は空力的な問題から、超音速戦闘機のそれとは折り合いがよくない。そして、前述したように海が荒れていれば離着水そのものができなくなる。
それなら、機体の性能向上や、カタパルトや着艦拘束装置の能力向上で問題を解決する方がよほど現実的。というわけで、XF2Yは5機を試作してテストしただけで沙汰止みになってしまった。残された機体のうち1機がサンディエゴの航空宇宙博物館で展示されているが、この施設があるバルボアパークは空母ミッドウェイ博物館からも近い。ワンセットで訪問できるだろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。