前回は舗装された滑走路の使用を前提として話を進めていたが、実際には、そういう場所でのみ飛行機を発着させるとは限らない。草地みたいな非舗装路を使用することもあるし、雪上でということもある。

雪は柔らかい

氷結した湖なら、強度の話は別として、まがりなりにも固い。ところが、相手が氷ではなく積雪になると、固いとは限らない。スキーやスノーボードの経験者ならお分かりの通り、降って積もっただけの雪はフワフワだから、そこに突っ込むと盛大に雪煙が舞い上がる(こともある)。だから、スキー場には圧雪車というものがあって、雪を締め固めて安定させることで滑りやすくしている。

もちろん、積もっただけの新雪の上に飛行機を発着させるのは無理な相談。しかし、ある程度の固さまで締まった状態が前提であれば、雪の上で飛行機を離着陸させる事例はある。

ただし、タイヤでは接地圧が大きくなりすぎるので、接地圧を下げるためにスキーを履かせることもある。同じ重量を支えるのであれば、接地面積を広くすることで単位面積あたりの荷重が減って、めり込みにくくなる。

いわゆる「冬戦争」のときに使われた、フィンランド空軍の戦闘機を撮影した写真を見ると、降着装置にタイヤの代わりにスキーを取り付けたものも目にする。見た目はなかなか不格好だが、飛び立てないよりはマシ。もっとも、単にスキーを作ってポン付けすれば済むというものでもない。

  • 1942年3月17日、偵察飛行のため、雪上から離陸しようとしている戦闘機「モラーヌソルニエM.S.406」 写真:SA-kuva

  • タイヤの代わりにスキーを取り付けた、グロスター・グラジェーター戦闘機。複葉で古めかしく見えるが、これでも第2次世界大戦で使われた機体だ(スウェーデン空軍博物館) 撮影:井上孝司

簡単ではなかったスキーの開発

実は日本でも陸海軍の双方で、固定翼機を雪上で運用するためにスキー(日本軍では雪橇といっていた)の試験を実施していた。ところが、一筋縄ではいかなかったようだ。

例えば、ジュラルミンでスキーを作って履かせてみたら、しばしは雪面に固着してしまったという。素材が金属だから冷えやすく、陽が当たって雪が緩んだところを通ると、そこで付いた水分がベースになったところに雪がどんどんとりついて、しまいには行き脚が止まってしまう。そこで、素材を木製に変えたり、温度の影響を避けるためにセルロイドの板を下面に張ったりといった工夫をした由。

それに、雪上試験は雪が積もっていないとできない。つまり、春になれば商売あがったりである。その貴重な冬の間に、トラブルに見舞われて対策を立案したり対策品を作ったりということになると、試験に使える時間がどんどんなくなる。それでは開発に時間がかかるのも無理はない。

話は脱線するが、ちゃんと条件がそろわないと滑らないのは、スキーやスノボも同じ。筆者自身も、ワックスをはがし忘れてゲレンデに出てしまい、「何でこんなに動きが悪いんだ」と首をひねるという、実に間の抜けた失敗をしたことがある。

閑話休題。スキーと雪面の間の問題だけでなく、空力的な問題もある。機体の重量を支えるためには相応に大きいスキーを履かせないといけないから、タイヤみたいに完全に機内に収容することができない。当然、外側にはみ出せば空気抵抗が増える。降ろした状態でも、タイヤのときとは形状が違うから、これまた空力的な影響が出る。

というわけで、スキーを履かせるといっても簡単な話ではないのだった。

さすがに当節のジェット戦闘機になると、スキーを履かせて雪上運用なんて真似はしない。だいたい、雪が積もっているところでジェット・エンジンなんか作動させたら、雪を吸い込んだり巻き上げたりして、えらいことになる。しかしヘリコプターであれば、降着装置にスキーを履かせて、接地圧を下げて雪上運用する事例がある。寒冷地で冬期に陸上自衛隊のヘリコプターを御覧になったことがある方なら、「ああ、アレか」となるだろう。

南極でA340が離着陸

2021年11月2日に、ちょっとビックリするニュースがあった。Hi Fly AirlineのA340(登録記号9H-SOL)が、南アフリカのケープタウンから南極に向かい、南極で離着陸してしまったのである。一応、南極にはひとつだけ民間向けの滑走路(WFR : Wolf’s Fang Runway)が用意されているのだそうだ。

当該機は旅客型を改造した貨物型で、A340-313HGW(High Gross Weight)と呼ばれるモデル。なんでも、南極大陸でツアーを提供するホワイトデザート社のために、ツアー・オペレーターの基地を設置する目的でフライトを実施した由。

Hi Fly lands first ever Airbus A340 in Antarctica (紹介記事)

Hi Fly lands first ever Airbus A340 in Antarctica (動画)

もちろん、いきなり何の用意もしていないところに着陸するわけにはいかない。そこで安全な離着陸ができるかどうかを事前に確認した上で、実行に移した。以前からガルフストリームが南極に飛んでいたそうだが、ガルフストリームとA340では重量が全然違う。A340-313HGWの最大離陸重量は275t、最大着陸重量は190tあるのだ。

現地で撮影された写真を見ると、機体の横に止まっている車両は、どうも圧雪車のように見えるのだが……? 駐機している場所の雪面は、圧雪車で整備した後みたいに縞々模様になっているし。それが、3,000mに渡って “滑走路” 整備を実施したとのこと。

着陸の模様を撮影した動画を見ると、雪はさほど派手に舞い上がっていないから、除雪や整地を念入りに実施したものと思われる。それに、灯火や航法援助施設がそんなに充実しているようには見えないから、好天で視界が良い状況でなければ、離着陸はできないのではないだろうか。

例えば、南極では観測支援のために軍用輸送機による物資輸送も行われており、米空軍や豪空軍のC-17Aが飛んだ事例がある。しかし、軍用輸送機の多くは、もともと不整地運用を想定しており、舗装された滑走路での運用しか想定しない旅客機と比べるとハードルは低い。

  • 空輸ミッション “Operation Deep Freeze” で南極に飛んだ、米空軍のC-17A 写真:USAF

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。