これまでは、大抵の機体に共通する、一般的な飛行試験の流れについて書いてきた。ところが、特殊な用途の機体では、特殊な試験を必要とすることもある。以前に吊るしものを取り上げたときに、「吊るしものの投下に関する試験」の話も書いたが、他の分野でも特別な試験を必要とすることがある。
空中給油の試験
例えば、第89回で取り上げた空中給油がある。もちろん、空中給油機、あるいは空中給油ポッドを開発して実運用に供するためには、給油装置がちゃんと機能するかどうかを確認するための試験が必要になる。これは理解しやすい。ところが、それだけの話では済まない。
フライング・ブーム方式でも、プローブ・ドローグ方式でも、給油機(タンカー)の後下方に近接する形で受油機(レシーバー)が並行して飛ぶことに変わりはない。2機が近接して飛行すれば、空力的な影響は不可避。しかもその状況下で、フライング・ブームを受油リセプタクルに突っ込んだり、受油プローブをドローグに突っ込んだりしなければならない。
だから当然、新しい空中給油機ができたとき、あるいは新しい受油側の機体ができたら、空中給油関連の試験が必要になる。新しい空中給油機ができたら、運用中の機体すべて(または、給油対象になる可能性が考えられる機体すべて)について、実際に給油してみる試験を行う。受油側の機体も、新型機ができたら、既存の給油機から給油してみる試験を行う。
したがって、試験を実施して「問題ない」との確認が取れていない給油機(タンカー)と受油機(レシーバー)の組み合わせでは、任務としての空中給油はできない。米空軍の新型給油機・KC-46Aペガサスは、大所帯で機種が多い米空軍向けだけに、一挙に「すべての機種について給油してもOK」とはいかず、段階的に試験と認証を進めている。
海の上では、ボーイングが艦載無人給油機MQ-25スティングレイの試験を進めている。こちらは、最初にF/A-18E/Fスーパーホーネット、次にE-2Dアドバンスト・ホークアイ、そしてF-35CライトニングIIと、3機種について試験を済ませた。米海軍の空母搭載機で空中給油を必要とするのは、この3機種だけだから、これで最初の関門は突破したことになる。
ドライとウェット
では、その空中給油の試験はどのように実施するか。
まず、フライング・ブームと受油リセプタクル、あるいは受油プローブとドローグの接続ができなければ話は始まらない。その接続が円滑に、かつ安全に実施できるかどうかの確認から始める。この段階では接続するだけで、燃料の移送は行わない。これを「ドライ・コンタクト」という。
ドライ・コンタクト試験が無事に完了したら、次は実際に燃料を移送する試験に駒を進める。これを「ウェット・コンタクト」という。燃料が実際に流れるから、管の中が濡れて「ウェット」ということだろうか?
この両方の試験を滞りなく済ませることができて初めて、「タンカー○○からレシーバー△△に給油をやってよろしい」という話になる。なお、「空中給油試験を実施しました」といってプレスリリースが出る場合、コンタクトしたときの速度や高度に関する情報を一緒に出してくれることがままある。これはドライ・コンタクトでもウェット・コンタクトでも同じだ。
前段階の試験も必要
もっとも、ドライ・コンタクトやウェット・コンタクトの試験は、一連の試験のうち最終段階の話。その前段階として、フライング・ブームやドローグホースが単体でちゃんと機能するかどうかも、確認しなければならない。
フライング・ブームであれば、ブーム自体は外部に露出しているが、使用しないときは上方に跳ね上げてある。それを降ろすとともにパイプを繰り出す操作が必要になるし、位置合わせのために上下左右に首を振る操作も必要になる。これらがちゃんと機能しなければ、コンタクト以前の問題。
ドローグホースの場合、使用しないときはホースを機内、あるいはポッド内に巻き取ってあり、使用しないときだけそれを繰り出す。だから、平素に外部に露出しているのは、ホースの先端についている、プローブを突っ込むためのバスケットだけだ。したがって、ホースの繰り出しや巻き取りが問題なく行えるかどうか、繰り出したホースやバスケットが空力的な影響によって過度にフラフラしないか、といったことを確認する必要がある。
飛んでいる飛行機の後方に繰り出すものだから、ドローグホースがまったく動かないということはない(それをレシーバーの側から見た映像は、映画『ファイナル・カウントダウン』で見ることができる)。とはいえ、それも程度問題。あまりにも盛大にフラフラしいたのでは、コンタクトができない。
レシーバーの側でも、空中受油リセプタクルのふたの開閉や、リセプタクル自体の動作、受油プローブが機内収容式ならそれの展開・収納、といった具合に、確認項目はいろいろある。ヘリコプターだと、メイン・ローターを避けるために伸縮式のプローブを備えていて、それを前方に長く伸ばさなければならないから、これも動作確認項目の一つになる。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。