ここまで取り上げてきたのは、いずれも研究開発・設計段階で必要とされる、地上側の設備・施設だった。次の話題として、飛行試験に関連する話も書いてみようと思う。部外者は、初号機が完成すれば終わりだと思ってしまうが、本当に大変なのはその後だ。
飛行試験は段階的に
「新しい飛行機ができました。いよいよ飛ばします」といっても、物事には段取りというものがある。単に適当に飛ばして済ませるわけではないのは、テストの常。だいたい、完成した機体をいきなり初飛行に持ち込むわけではない。
まず、エンジンを動かしてみる。すると発電機や油圧ポンプも作動するので、電気系統や電子機器、油圧系統に関連する動作確認が可能になる。飛ばす前の段階として、まず機体が正しく組み上げられて、正しく機能しているかどうかを確認しなければならない。いわゆるパワーオン試験である。
次に、初飛行……ではなくて、前段階としてタキシー試験を実施する。つまり、地上を滑走させるが、飛び立たせることはしない。これも、低速タキシー試験、高速タキシー試験といった具合に、段階を追ってスピードを上げていく。滑走するだけでなく、そこからちゃんと止まれることも確認する。止まれるかどうかを確認しておかないと、もしも離陸中断ということになった場合に困る。
そこまでやってようやく、初飛行という話になる。裏を返せば、新型機の初号機がタキシー試験を始めたら、初飛行はそれほど遠い話ではないな、と分かる。
初飛行はたいてい、降着装置を出したままで実施している。そして、離陸した後は基本的な操縦操作を一通り試してみて、着陸する。ときには、製造元の工場がある飛行場と、その後の飛行試験を実施する飛行場が別で、初飛行が前者から後者への移動を兼ねる場合もあるようだ。
その初飛行につきものなのが、チェイス機。つまり、随伴して機体の様子を外から観察するための機体。三菱MRJ(現在は三菱スペースジェット)の初飛行では、航空自衛隊岐阜基地から航空自衛隊のT-4練習機が県営名古屋空港の上空に飛来して、それとタイミングを合わせる形でMRJ初号機が離陸した。そのT-4は、三菱重工社有機のMU-300とともに付き従い、チェイスを実施していた。
ついでに書くと、意外なモノにチェイス機がつくことがある。例えば、巡航ミサイルの試射がそれだ。
飛行試験はどこでやる?
基本的な操縦操作を一通り試すのはいいが、それをどこでやるか。定期便が飛んでいる空域と同じところで、上昇したり下降したり旋回したりといった操作を繰り返されるのでは、危なっかしい感じもする。
そのためか、日本では民間機であっても、自衛隊が使用する訓練空域で飛行試験を実施しているようだ。ニアミスや空中衝突を防止するため、自衛隊が飛行訓練に使用する空域は定期便が飛ぶ空域と分けてあるから、飛行試験には都合がいい。もちろん、自衛隊の訓練とかち合わないように調整する必要はあるにしても。
また、民間機が訓練や試験に使用できる空域が、事前に定められており、その情報は国土交通省のWebサイトで確認できる。
なお、今の飛行試験は地上にテレメトリー・データを送るのが当たり前なので、地上側にはデータを受けて表示するための仕掛けが必要になる。それについては第299回で取り上げたので、ここでは繰り返さない。
飛行試験は段階的に
飛行試験は、段階的に実施するものである。先に書いたように、初飛行は降着装置を出しっぱなしで行うことが多い。しかし、回を重ねていくと、降着装置を格納して飛ぶようになる。また、速度や高度や荷重制限値についても、当初は控えめなところから始めて、段階的に上限に近付けていく。いわゆる「飛行領域(flight envelope)の拡大」というやつである。
その後は一連の飛行試験を通じて、想定されるあらゆる飛行条件を想定した、安全性、性能、機能の確認を実施する。その結果に問題がないことを確認できなければ、型式証明(TC : Type Certificate)は下りない。
試験の中には、着氷環境での飛行試験、高温・高標高での離着陸試験、離陸途中のエンジン故障を想定した試験といったものもある。ところが、高温や高標高という話になると、地元では再現できないこともあるので、わざわざ遠隔地に “出張” することもある。たとえば、高温試験のために中東に行ったり、高標高試験のために南米に行ったりする。
軍用機だとさらに、試験が「開発試験」と「運用評価試験」に分けられる。開発試験は機体や搭載システム(武器を含む)が仕様通りに機能するか、不備はないか、といったことを検証するための試験。それに対して運用評価試験は、実任務と同様に使ってみた場合に問題がないかどうかを確認するための試験だ。OT&E(Operational Testing and Evaluation)と呼んだり、OPEVAL(Operational Eveluation)と呼んだりする。
ときには、面白い形で試験を実施することもある。例えば、科学技術庁・航空宇宙技術研究所(当時)のSTOL(Short Take-Off and Landing)実験機「飛鳥」は短距離離着陸が本業だから、そのための試験が必要になる。しかし、いきなり地上に向けて短距離着陸のための急な進入降下を行うのでは、リスクもある。
そこで、ずっと高い高度を飛びながら、空中に設定した「仮想の滑走路」に向けて、地上に降りるときと同様に進入する、という試験があった。通常は最低高度を3,000ft(約900m)に設定していたという。そこで役に立ったのが、コックピットに取り付けられたHUD(Head Up Display)だった由。つまり、HUDに「仮想の滑走路」を示す線を表示してやれば、地上に降りるときの状態を再現しやすくなる。
余談だが、「飛鳥」の飛行試験では、航空自衛隊岐阜基地の一角にプレハブを建てて、仮設の飛行試験施設を用意していた。データの受信や表示を行うための施設だ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。