陸上から発着する飛行機であれば、離着陸関連の試験は陸上で実施できる。では、航空母艦から発着する飛行機はどうするか。もちろん、最後は実際に艦上で発着艦の試験を実施する必要があり、先日にも海上自衛隊のヘリコプター護衛艦「いずも」艦上で、F-35Bの発着に関する試験を実施していた。とはいえ、いきなり艦上で試験を始めるわけにもいかない。

なぜ陸上試験施設が必要になるか

航空母艦の艦上から航空機を発着艦させる場合、関わる要素はいろいろある。

発艦の際にはカタパルトで射出するし、着艦の際には着艦拘束装置で行き脚を止める。機体側には、カタパルトと機体をつなぐためのローンチ・バーや、着艦拘束装置のワイヤーを捉えるためのアレスティング・フックが必要になる。そして、洋上を走る艦上で発着艦を行えば、艦が波浪で揺れることもある。これもまた、条件を複雑にする要素となる。

  • F-35Cの首脚には、カタパルト射出用のローンチ・バーが付いている。手前に向いて、上向きにはね上げられた棒材がそれで、これをカタパルト・シャトルにひっかける 撮影:井上孝司

    F-35Cの首脚には、カタパルト射出用のローンチ・バーが付いている。手前に向いて、上向きにはね上げられた棒材がそれで、これをカタパルト・シャトルにひっかける

それらを一緒くたにテストしたのでは、何かトラブルが発生したときに原因の究明が面倒になる。切り分けを確実にするには、「問題ないことが確認されている要素」と「開発の途上にあり、動作検証試験が必要になる要素」を明確に分ける必要がある。

最近の事例だと、F-35Cが開発途上で「アレスティング・フックが着艦拘束装置のワイヤーをうまく捉えられない」という問題が発覚、機体側の改設計によって対処した一件があった。新型機だから、アレスティング・フックの位置も角度も可動範囲も、既存の機体とは異なる。それをテストするのであれば、アレスティング・フック以外の要素はすべて「検証済み」でないと困る。

  • 空母「ニミッツ」に着艦するF-35C。後部胴体下面に着艦拘束フックが見えるが、なるほど、これでうまくワイヤーを捉えるのは難しそう 写真:US Navy

    空母「ニミッツ」に着艦するF-35C。後部胴体下面に着艦拘束フックが見えるが、なるほど、これでうまくワイヤーを捉えるのは難しそう 写真:US Navy

逆に、機体は既存のものを使い、カタパルトや着艦拘束装置を新型化することもある。この場合、可変要素はカタパルトや着艦拘束装置ということになるから、それと組み合わせて試験を行う機体の方は、「既存のカタパルトや着艦拘束装置で問題なく発着艦できることを確認済み」でなければ困る。

こういう事情があるためか、米海軍はニュージャージー州のレークハースト飛行場に、カタパルトと着艦拘束装置を備えた陸上試験施設を設けている。Google Mapsで「Lakehurst, NATF」とキーワード指定すれば検索できる。

F-35Cのように新型の空母搭載機が出てくると、まずここでカタパルト射出、あるいは着艦拘束装置による停止をテストする。さまざまな条件でテストを行い、「問題なし」となったら実艦での試験に移行する。

逆に、新型のカタパルトや着艦拘束装置ができたら、それを最初にこの施設に設置する。そしてさまざまな機体を使い、カタパルト射出、あるいは着艦拘束装置による停止をテストする。ちょうど、新型空母のフォード級がリニアモーター式カタパルトのEMALS(Electromagnetic Aircraft Launch System)と新型着艦拘束装置AAG(Advanced Arresting Gear)を導入しているため、まず、それをレークハーストでテストした。

余談だが、このレークハースト試験施設から西に43キロメートルほどの地点に、「軍事とIT」の第328回で紹介したイージス戦闘システムの試験施設、CSEDS(Combat Systems Engineering Development Site)がある。

  • レークハーストの陸上試験施設に設置したEMALSで、F/A-18Eスーパーホーネットを使って射出試験を実施している様子 写真:US Navy

    レークハーストの陸上試験施設に設置したEMALSで、F/A-18Eスーパーホーネットを使って射出試験を実施している様子 写真:US Navy

陸上スキージャンプもある

では、ニュージャージー州だけが米海軍の試験部門のメッカなのかというと、そういうわけでもない。

第65回第190回第258回、で取り上げたことがある、F-35BやAV-8BといったSTOVL(Short Take-Off and Vertical Landing)機の試験では、短距離滑走離陸の際に使用するスキージャンプを、試験のために陸上に用意する必要がある。

これはニュージャージー州ではなく、もっと南、メリーランド州レキシントンパークのパタクセントリバー海軍航空基地にある。Google Mapsで「NAS Patuxent River」とキーワード指定すれば検索できる。パタクセントリバーは米海軍航空の総本山であるとともに、航空機を対象とする試験・評価部門の本拠地でもある。

ここでは3本の滑走路で囲まれたスペースに、強襲揚陸艦の飛行甲板と同じマーキングを施した垂直着陸試験用のスペースと、陸上スキージャンプを設置した短距離滑走発艦試験用のスペースが並んでいる。真上からの写真だとよく分からないが、後者の北端にスキージャンプが設けてあり、しかも角度を変えられるようになっている。

空母や空母搭載機を作るには、陸上試験施設も要る

つまり、航空機を発着させる艦、あるいは艦上から発着する航空機を開発するには、この手の陸上試験施設が要るという話だ。そのため、空母を持っているのに発着艦関連の陸上試験施設がないフランス海軍は、レークハーストの施設を借りてテストを行うことがある。

フランスの場合には借りる相手がいたから良いが、借りる相手がいなかった旧ソビエト連邦は、自前でクリミア半島のサキ飛行場に陸上試験施設を用意した。中国も事情は変わらないだろう。空母に手を出そうとすると、こういうところでもおカネと手間がかかる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。