今回は、飛行機に載せる各種の電子機器、すなわちアビオニクスの試験に関する話を取り上げてみる。この分野では、目に見えない電磁波が相手になる難しさがある。

電子機器の多様化

昔は、飛行機に載せる電子機器といえば通信機ぐらいしかなかった。その後、レーダーが加わったり、各種の航法電子機器が加わったりするようになった。測位・航法・誘導のために使用する航法電子機器は、以前に本連載で取り上げたことがある。

近年では安全性向上のために、さらにいろいろな電子機器が飛行機には載っている。そして、機上に載せる電子機器の数や種類が増えれば、ノイズなどに起因する機器同士の干渉が問題になる。また、アンテナを使って電波の送受信を行う機器が複数あれば、それらが相互に干渉しないようにする必要がある。

これが軍用機になると、センサー機器を充実させたり自衛用電子戦機器を載せたりするから、さらに電子機器の陣容は多様化する。しかも、それらの電子機器が単に一緒に載っているだけでなく、互いに連携しながら動くのだ。すると、電子機器同士の連携動作を、実任務と同じ条件下でテストしなければならない。

  • 軍用機はどれも電子機器の塊だが、特に早期警戒機やAWACS(Airborne Warning And Control System)機は、強力なレーダーを搭載するだけに話が難しい 撮影:井上孝司

    軍用機はどれも電子機器の塊だが、特に早期警戒機やAWACS(Airborne Warning And Control System)機は、強力なレーダーを搭載するだけに話が難しい

そして、ハードウェアで機能を作り込むのではなく、ソフトウェア制御で動作するものが増えている。すると、ソフトウェアのテストという要素も入ってくる。

もちろん、最初の基本的な試験は地上で行うのだが、確実を期するのであれば、最後は実際に機上で動作させてみて、実運用環境と同じ条件下で、問題なく動作することを確認しなければならない。

地上に設置するSIL

そこで、特に軍用機のセンサー機器やミッション・アビオニクスを対象として開発や検証試験を行う、専用の施設を地上に用意する事例が増えている。これをSIL(System Integration Lab)という。実は、有人機に限らず無人機でも、車両でも指揮統制システムでも、SILを設置して開発と試験に充てる事例は多い。

しかも、これが戦闘用機に限らない。アメリカでは、大統領専用ヘリコプターの開発に際してSILを設置した事例がある。「大統領専用機なんて、内装がゴージャスにできてるだけなんじゃないの?」というのは大間違い。大統領は国家のトップにして軍の最高指揮官でもあるから、どこにいても必要なところと連絡を取れないといけない。

そこで、近距離・遠距離のどちらにも対応できるように、通信機器を充実させる必要がある。しかもセキュリティは最高レベルで。当然、暗号化装置も必要になる。そんなシステムを構築してテストするには、やはり専用のラボ施設がないと対応できないのだ。

なお、SILは電子機器やミッション・システムの開発・試験だけでなく、実機を扱う搭乗員や整備員の訓練に使うこともあるようだ。たぶん、マニュアルを書く際の動作確認にも大車輪の活躍をすると思われる。

空を飛びながらテストする飛行試験機

時には、地上にラボ施設を設けてテストするだけでなく、飛行試験用機を用意することもある。エンジンのFTB(Flying Test Bed)については以前に紹介したが、それのアビオニクス版だ。

その一例が、以前に「軍事とIT」で取り上げたことがある、F-35のミッション・システム試験機「CATBird」。中古のボーイング737を改造して、F-35の実機が搭載するものと同じコンピュータや各種センサーを搭載している。

  • F-35のミッション・システム試験機「CATBird」。機首の突出は、レーダーを実機と同様に収容するためのもの 写真:USAF

    F-35のミッション・システム試験機「CATBird」。機首の突出は、レーダーを実機と同様に収容するためのもの 写真:USAF

実はF-35より先に、F-22でも同じ手法を用いていた。他の機体でも同様の事例があり、最近だとイタリアのレオナルドが、イギリスの新戦闘機計画「テンペスト」向けに中古の757を改造するといっている。

この種の機体では、センサーを実機と同じ位置関係になるように載せている。そうしないと、例えば電子戦システムが敵レーダーの電波を逆探知して発信源の方位を割り出す場面でテストができない。複数のアンテナごとに受信のタイミングを拾って、そのタイミングの違いを基に方位を計算するからだ。その計算を正確にやるには、アンテナの位置関係が実機と同じでないと困る。

すると、このことが試験用機の機種選定に際して影響してくる。母機のサイズが小さすぎると、本物のF-35と同じ位置にアンテナを取り付けることができなくなるからだ。

なお、CATBirdの試験対象はアビオニクスとセンサーだけで、飛行の機能は対象外。こちらは、母体となったボーイング737の機能をそのまま使っている。だから、搭載している機器が不具合を起こしても、ソフトウェアにバグが出ても、飛行に影響は生じない。

この手の試験機は、安くあげるために中古機を使うのが通例。もしかすると、古い、メカニカルに制御している部分が多い機体の方が向いているかもしれない。なぜなら、試験している電子機器が想定外のノイズを出しても、エンジンや操縦系統がメカニカルな制御であれば影響せずに済むからだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。