全日本空輸(ANA)は4月28日、羽田空港で手を使わずに開くことができるドアを備えたラバトリーを報道関係者向けに公開した。この種のデバイスは、世界で初めてのものだという。以前から推進している、安全に旅客機を利用してもらうための各種の取り組み「ANA Care Promise」から出てきたものだ。
ラバトリーの空間設計は難しい
列車でも船でも飛行機でも、長距離移動に際してトイレや洗面所は不可欠の設備だが、特に飛行機のラバトリーは制約が厳しい。限られたスペースの中で、必要な機能をよくぞまとめているものだと、利用する度に感心する。列車のトイレよりも狭い空間の中に、トイレと洗面所の機能がひとまとめになっていて、しかもさまざまな備品がきれいに収まっているのだから。
そのラバトリーに出入りする際に使用する扉が、今回のお題だ。もともとスペースが厳しいところに扉を設けなければならないから、扉の設計は厄介な課題になる。引戸なら開閉の際にスペースを必要としない一方で、戸袋のスペースが必要になる。しかし、飛行機の機内にそんな余裕はない。
すると考えられるのは開戸と折戸だが、開戸は開閉のためのスペースを広く必要とする。だから、飛行機のラバトリーに出入りするための扉は、折戸が一般的だ。ただし、車椅子用のラバトリーは例外で、外側に向けて開く開戸である。
扉が外側に開くと、通路を歩いている人にぶつかる危険性がある。だから、ラバトリーの折戸は内側に向けて開くが、中には人がいるので、人が立つスペースと扉を開閉するためのスペースが要る。その見地からいっても、折戸のほうが好都合だ。扉の幅が同じなら、折戸にすることで、開閉に必要な床面積は4分の1になる。
折戸を開く時は、扉の中央付近を押す。すると、扉が2つに折れて開く。中に入り、扉を手で押して閉じてから、スライド式のノブを動かしてロックする。すると、内部の照明が全点灯に切り替わり、外側には「使用中」の表示が出る。
用が済んで外に出る時は、ノブを動かしてロックを解除してから、扉に設けられた凹みに手を入れて、手前に引く。ポイントは、「扉を開く際にノブや凹みを手で操作しなければならない」点にある。
ラバトリーの扉を手で扱うのが不安、という声
さて。COVID-19の感染拡大が問題になってからこちら、飛沫感染とともに接触感染を懸念する声も出ている。まして、場所はラバトリーだ。扉を開閉する際の操作が接触感染の原因にならないだろうか? と気にする人が現れても不思議はない。
実際、ANAが利用者からの聞き取り調査を行ったところ、接触が気になる部位として挙げられたのが、ラバトリーに出入りする際の扉の開閉だったという。用を済ませて、手を洗ってから外に出るわけだから、問題になるのは外に出る時の開扉操作だ。
そこでANAは、ラバトリーをはじめとする内装品の分野で大きなシェアを占めているジャムコと組んで、問題の解決に乗り出した。それが昨年5月頃のことだという。そして、聞き取り調査と並行して検討・開発・試作・試験を進めて、新型のハンドルを取り付けたラバトリーが登場することとなった。
ただし新造機ではなく、既存の機体のラバトリーを改造する。すると、コストの面からいっても時間や手間の面からいっても、ラバトリーの総取り替えというわけにはいかない。既存のラバトリーを簡単に改造できなければならない。
素人考えでは、「自動ドアにして、手をかざせば開くようにすれば問題解決では?」となりそうだが、それでは大がかりにすぎる。新たに電気配線と駆動機構を組み込まなければならないのだから、費用や時間がかかる上に、機体が重くなる。そもそも、既存のラバトリーにそんな改造ができるかどうか。
実際に出てきたアイデアは、「手で操作する代わりに、肘で操作できるようにしよう」というものだった。具体的には、扉を閉めた後でスライドさせるロック用のノブと、用が済んだ後で扉を開く際に操作するハンドルに手を入れた。
ロック用のノブを大型化、開くためのハンドルは新設
まずロック用のノブ。もともとは、円筒形のつまみが少し突き出た形だが、大型化した、半円形に近い形のものを取り付けた。従来のノブでも、頑張れば肘で操作できたかも知れないが、新しいものは頑張らなくてもいい。
一方、扉を開ける際に使用するハンドルは新設で、斜めに突き出した形になっている。ハンドルとドアの間に三角形の凹みができるので、そこに肘を入れて横に動かすと、ドアがスッと開く。
もちろん、どういうサイズ・形状にするのが最適なのかという問題が出てくるから、検討と試行が必要になったはずだ。ハンドルは大きいほうが操作しやすいが、大きくしすぎると、狭いラバトリーの中だから邪魔になる。かといって、小さすぎると操作性が悪い。
そして、従来とは異なる操作になるので、使い方を把握してもらうための掲示も追加した。もちろん、日本人だけが使うとは限らないから、絵入りの多国語表示だ。
また、機体に新たな加工を施すわけだから、単に取り付ければ終わりという話では済まない。監督当局、すなわち国土交通省の航空局と米連邦航空局(FAA)からの承認も取り付ける必要があった。飛行機の機体に加工を施すのは、それだけ “重たい” 話なのだ。
今後の導入計画は
最初に新しいハンドルを取り付けた機体はボーイング787-8(JA817A)で、5月から就航の予定。その後も作業を進めて、今年度中に787-8を11機、787-9を2機、777-200を8機、合計21機を改造する計画になっている。
機体が整備に入るのに合わせて取り付けを行うことと、今後の機材計画をどうするかという問題が絡むので、一挙に全機に、というわけにも行かないようだ。なお、取り付けの作業自体は、1機につき1日でできるという。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。