私事だが、筆者の車はスバル・インプレッサ(GP型)。もちろんEyeSightが付いている。御存じの方も多いと思うが、EyeSightはウィンドスクリーン内側に取り付けたステレオカメラで前方の映像を取得しており、そこから得られる映像データに基づいて衝突防止や車線逸脱防止の機能を実現している。「何があるか」だけならカメラは1台でも済むが、距離を把握するにはステレオカメラが必要だ。
飛行機でも映像を活用する事例が
そこで今回のお題は、エアバスが手掛けている自動離着陸の実験プロジェクト「ATTOL(Autonomous Taxi, Take-Off & Landing)」。その名の通り、離着陸と、その前後のタキシングを自動的に行おうというものだ。そこで飛行機の連載なのに、いきなりクルマの話を始めたのは、「映像を使った自動化機能」という共通点があるからだ。
エアバスの説明によると、ATTOL計画で企図したのは「機械学習アルゴリズムや、データラベル付け、データ・プロセシング、モデル生成の自動ツールといった自律技術によって、パイロットの飛行作業の軽減や、より戦略的な決断、任務遂行をサポートする可能性を探求すること」だという。
そこで、450回あまりのフライトを実施して映像データを取得した上で、アルゴリズムの微調整を実施した。その成果に基づき、6回の飛行試験を実施して、それぞれ5回ずつの自動着陸を実施した。つまり、自動離着陸はトータル30回ということになる。
EyeSightには車線逸脱防止の機能があるが、これは車線と車線の間に描かれている白線を認識することで実現している。もしも白線がかすれていたり、消えてしまっていたりすると、車線の認識ができなくなるので、車線逸脱防止機能も機能しない。
そこで、飛行場を撮影した航空写真や衛星写真を見てみると、滑走路は白い破線でセンターラインが描かれているし、色は違うが誘導路にも中心線が描かれている。また、夜間にはセンターラインと左右の縁のところに灯火が点灯する(第99回を参照)。
こうした、誘導路や滑走路に特有のパターンについて映像データを収集・学習することで、「映像データに基づく誘導路や滑走路の自動認識」はできそうである。
着陸については以前から、地上から誘導電波を出して、それを機上で受信することで適正な進入コースに乗っているかどうかを確認できるようにする、計器着陸システム(ILS : Instrumental Landing System)がある。だから、あえて映像に頼る必然性はないのかもしれないが、映像を援用することで、さらに確実性が向上するという見方もできる。
ともあれ、「映像に基づいて誘導路や滑走路を認識できれば、タキシングと離着陸が自動化できて万々歳」かというと……実現に際して考えなければならないことは、まだいろいろありそうだ。
飛行機に特有の難しさ
ただ単にまっすぐ走るだけなら、まだ話は簡単だ。しかし、誘導路だと途中で曲がらなければならない。誘導路から滑走路に出る場合も同じである。しかも、その経路はひとつではない。
同じ駐機場から同じ滑走路に移動するのでも、トラフィックの状況によって、管制官から指示される誘導路は違ってくる。それに、滑走路が同じでも風向きによって使用方向が変わる。また、着陸の際には接地後の滑走距離によって、どこの誘導路に入るかが違ってくる。滑走距離が長ければ、奥の方の誘導路に入るしかないが、短ければ手前の誘導路に入るかもしれない。
ということは、単に「誘導路がある」と認識するだけでは不十分で、「前方に見えているのが、どの誘導路なのか」「そして自機が進むべき誘導路はどれか」が分からなければならない。
すると、自機の機位を把握した上で、空港のチャート(の中の、滑走路と誘導路の配置・位置関係に関する情報)を参照して、適切な誘導路に向かう仕掛けが必要になるはずだ。そして実際に誘導路に進入・走行する過程になれば、映像に基づくセンターライン維持・逸脱防止が役に立つ。
また、離着陸の際はまっすぐ進むようにコントロールするが、タキシングでは誘導路に向かって機体を曲がらせる操作が必要になる。飛行機もクルマと同様に操舵機構が付いているのは首脚だから、曲がり始めの場所をそれに合わせて決めてやらないと、脱輪事故が起きる。
前進中のクルマでハンドル操作をするときには、曲がりたい場所を少し過ぎてからステアリング操作をする。前輪で操舵すると回転中心は後ろ寄りになるので、こうしないと壁や柱や隣のクルマで車体の側面をこすってしまう。
そこのところの事情は、飛行機も同じである。個人用画面で前方の映像を見られる、JALのA350やANAの777-300ER最新仕様機で観察してみると、理解しやすいのではないだろうか。単に首脚が中心線に乗り続けるように動かすと、曲がった時にカーブ内側の主脚が脱輪しそうになる可能性がある。
だから、どれぐらい進んだところで、どれぐらい首脚の操舵を行えば適切に曲がれるか、も考慮に入れなければならない。しかも曲がり方は一定ではなくて、誘導路への出入りみたいに斜めに曲がる場合もあれば、スポット進入みたいにほぼ直角に曲がる場合もある。
そしてスポット進入では、どこで止めればいいかという問題もある。パイロットによる操作なら、マーシャラーの合図を見て判断するが、映像に頼る自動操縦ではどうするか。
と、パッと思いついた話を書いてみただけでも、こんなことになる。さまざまな課題をクリアした上で、実際に実機による自動離着陸と自動タキシングを実現したのだから、これは相当に難しい課題であったはずだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。