本連載では、以前、複数回にわたりヘリコプターを取り上げた。第54回に「ヘリコプターでは、メイン・ローターの反トルクで機体が回ってしまわないようにする手段が必要だ」という話を書いた。互いに逆方向に回転するツイン・ローターという方法もあるが、最もポピュラーなのはテイル・ローターである。

テイル・ローターは手間がかかる

第54回でも書いたように、テイル・ローターは横向きについていて、反トルクを打ち消す向きに推進力を発揮するようになっている。ただし、これを駆動するために専用のエンジンを載せているわけではない。

テイル・ローターもメイン・ローターと同じエンジンを使用しており、メイン・ローター駆動用の減速ギアボックスから枝分かれさせる形で、テイル・ローター駆動用の回転軸が後方に延びている。それがテイルブームの中を貫通して尾部に達しており、そこで歯車を使って向きを変えて、テイル・ローターを回している。

実は、このテイル・ローター駆動機構が、ヘリコプターの整備でも手がかかる部分のひとつだという。しかも、ヨー方向の制御を可能とするためにテイル・ローターにはピッチ制御の機構が組み込まれているので、それもまた構造を複雑にしている。これらのメカを省略できれば、ヘリコプターの整備が楽になると期待できる。

そこでベルが考え出したのが、電動式のテイル・ローター。ベルはこれをEDAT(Electrically Distributed Anti-Torque)と称しており、2020年2月に公式発表した。そしてこれは、すでに実機に取り付けて飛ばすところまで開発が進んでいる。同社のモデル429(ベル429)を改造したものだ。

  • 米ベルが考え出した電動式のテイル・ローター「EDAT(Electrically Distributed Anti-Torque)」 写真:米ベル

    ベルが考え出した電動式のテイル・ローター「EDAT(Electrically Distributed Anti-Torque)」 写真:米ベル

  • EDAT」の元となったヘリコプター「ベル429」。カナダをはじめ、アメリカやオーストラリアなど、さまざまな国で運用されている 写真:米ベル

    「EDAT」の元となったヘリコプター「ベル429」。カナダをはじめ、アメリカやオーストラリアなど、さまざまな国で運用されている 写真:米ベル

一般的なヘリコプターと異なり、EDATで使用する電動式テイル・ローターはひとつではなく4個ある。能書きを並べるよりも、まずは動画を御覧いただこう。

Bell's Electrically Distributed Anti-Torque #EDAT

ベルで軽量級の機体を担当する責任者を務めている Eric Sinusas氏は、EDATについて「従来型のテイル・ローターに取って代われるポテンシャルはある」と述べている。

電動式テイル・ローターの羽根は固定ピッチで、回転数は6,000~7,000rpm。小さな羽根を高速で回しているから効率が悪そうにも見えるが、減速装置を省略したくてこうしたのだろうか? 騒音は、通常型のヘリコプターと比べて6~7dB減らせるとしている。

この4個のテイル・ローターはむき出しではなく、フェネストロンと同様に機体構造の中に収まっているので、安全性の面でも好ましい。なお、固定ピッチだから構造はシンプルになるが、ピッチを変えて横方向の推進力を増減させる操作ができなくなる。だから推進力の増減には、電動機の回転数を制御する方法を用いる。その電動機はフランスのサフラン製だ。

なお、EDATは、ポピュラー・サイエンス誌が選定する「Best of What’s New in Aerospace」の2020年版に選定された。

電動化のメリット

電動式なら電線だけ後部に引っ張れば済むので、構造はシンプルになるし、軽量化にもつながりそうだ。もっとも、電動化によって回転軸やギアボックスは省略できるが、代わりにテイル・ローター駆動用の電動機が必要になるし、それを駆動するために発電機を増強する必要もある。だから、ある程度は相殺される部分がありそうだ。

また、通常型ならテイル・ローターを回すためにエンジンの馬力を食われているが、それがなくなる利点もある。ただしこれも、発電能力の増強で相殺される部分があるだろう。なぜなら、テイル・ローターを回す電動機に電力を供給するため、それに見合った発電機の増強が必要になるはずだからだ。

つまり、重量の問題にしてもパワーの問題にしても、電動化によって新たな負荷が発生して相殺される部分はあると思われる。それでも、トータルで軽く、馬力を効率的に使えるようになれば良いわけだ。

面白いのは、EDATがテイル・ローターを1個ではなく、4個としていること。これは当然ながら冗長性にもつながっており、最低1個が生きていれば飛行は可能だという。もちろん、動作可能なテイル・ローターが減れば、メイン・ローターで発生する反トルクを打ち消す力は落ちるから、メイン・ローターのパワーを落とす必要はあるだろう。

実は、小型化にはメリットがいろいろある。まず、大きく重いローターは慣性が大きくなるから、回転数のアップあるいはダウンを指示したときに、レスポンスが悪くなる可能性がある。小さく軽いローターの方がレスポンスが良い。それに、大きいローターは羽根先端の速度が上がってしまうから、小さいローターと比べると回転数を上げられない。すると減速ギアを必要とするが、小さいローターなら直接駆動が可能になる。

また、電動機の制御次第で、回転数だけでなく回転方向も変えられる。つまり、メカニカルな制御なしで、左右どちらの方向にも任意の推進力を発揮できる。すると、ヨー方向の操作を効率的にできそうだ。

そして、地上に駐機している時は(エンジンが回っていても)テイル・ローターだけ止めることができる。機械的につながっていないのだから当然だが、これは安全性の面からすると好ましい。頭上で回っているメイン・ローターと比較すると、テイル・ローターのほうが位置が低く、機体に接近する場面で危険な存在になるからだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。