日本では「ロールス・ロイス」というと「高級車のメーカー」というイメージがやたらと強い。しかし、筆者にとって「ロールス・ロイス」といえば、航空機用エンジン、そして航空機用エンジンから派生した舶用ガスタービンや、その他の艦船向け推進システムの分野で大きなシェアを持つメーカーである。今回も前回に引き続き、そのロールス・ロイスの話を取り上げてみる。
空の上でハイブリッド?
さて。「ハイブリッド車」というと、乗用車や鉄道車両での実用化事例が知られている。内燃機関、バッテリ、電動機を組み合わせて、場面に応じて使い分けたり併用したりするので「ハイブリッド」である。
ロールス・ロイスは2019年3月、M250ガスタービンを使用するハイブリッド動力システムの地上実証試験を実施した、と発表した。M250といえば、ベル206、ベル407、MDヘリコプターズMD600といったヘリコプターで使われている、実績があるターボシャフト・エンジンだ。
そのM250に蓄電池と電動機を組み合わせて、航空用のハイブリッド駆動システムを作る構想が進んでいる。これには複数の動作モードがある。
- パラレル・モード : エンジンと電動機の両方でプロペラを回す
- シリアル・モード : エンジンは発電専用で、蓄電池が加勢して電動機でプロペラを回す
- ターボ・エレクトリック・モード : エンジンは発電専用で、電動機でプロペラを回す。蓄電池は電力供給源を冗長化するためにのみ存在する
この3モードについて地上での試運転を成功裏に実施した、というのが2019年3月の発表。いきなり実機に載せて飛ばすわけにはいかないから、まず地上でシステムを構成して試運転を行い、問題ないことを確認するわけだ。
このハイブリッド駆動システムで予定している出力レンジは、500kW~1MW。馬力に直すと670~1,300馬力というところだろうか。大型の機体を飛ばすには物足りないし、いきなりそんな大型の実証機を用意するわけにも行かない。
そして実証機の製作に際しては、ドイツのエンジニアリング会社APUS、それとドイツのブランデンブルク工科大学と組む話が、2019年11月に発表されている。機体のイメージ図も併せて公開されており、以下のリンク先で見ることができる。
Rolls-Royce announces new hybrid-electric flight demonstrator to be built with Brandenburg Partners
飛行試験用の機体はAPUSのi-5という機体を使うことになっており、ハイブリッド駆動システムで飛ぶ機体だから、「Hybrid」の頭文字を末尾につけてAPUS i-5Hと称する。最初のフライトは2021年の実施を予定している。
機体は翼幅19m、最大離陸重量4,200kgで、4基のプロペラを備えている。そして、胴体後部背面に空気取入口らしきものが見える。この胴体後部にM250エンジンを1基搭載しており、ナセルには電動機だけを収容するようだ。
M250エンジンの出力は420shp級だから、先に書いた出力レンジの数字からすると1基では足りない。大きな出力を必要とする離昇時は蓄電池を加勢させて、巡航時は蓄電池、あるいはM250エンジンによる発電で済ませるということだろうか。
ただ、エンジンが胴体内に1基だけ、対してプロペラは主翼に4基となると、パラレル・ハイブリッドではエンジンの出力をプロペラまで回転軸でつながなければならないから駆動系が面倒なことになる。シリーズ・ハイブリッドなら、必要なのは電線だけだから、そういう問題は生じない。
乗用車や鉄道車両だと、制動時に電動機を発電機として作動させることでエネルギーを回収でき、それは蓄電池に蓄えて再利用できる。ところが生憎と、艦艇や航空機ではそれができない。だから、運動エネルギーの回収・再利用が主な眼目というわけではないだろう。
フルパワーを必要とする離昇時は仕方ないとして、それ以外の場面で電動機を活用すれば、エンジンの排気ガスを減らせる、という狙いと思われる。また、シリーズ・ハイブリッドやターボ・エレクトリックならエンジンとプロペラを機械的に直結する必要がないから、駆動系の構造はシンプルになる。
ハイブリッド駆動システムの事例いろいろ
ロールス・ロイスでは、より大型の機体に対応できるソリューションとして、AE2100エンジンをベースとする出力2.5MWのシステムも用意していた。AE2100は、C-130Jスーパーハーキュリーズ輸送機のエンジンだ。
こちらは、エアバスの電気推進実証機・E-Fan Xで使用する話が決まっていた。ベースとなる機体は、BAEシステムズのアブロRJ100リージョナル・ジェット機を使う。そして、2021年の初飛行を予定していた。
ところがこの話は、COVID-19のトバッチリを受けて、2020年4月に中止になってしまったようである。しかし「この計画を通じてさまざまな学びがあったので、無駄にはなっていない」というのが関係者の説明。それはそれとして。
実は、第73回で取り上げたオーロラ・フライト・サイエンスのVTOL(Vertical Take-Off and Landing)実証機、「VTOL X-plane」でも、ロールス・ロイスとハネウェルが組んで動力系統を手掛けていた。こちらは24基のハイブリッド駆動式ダクテッドファンを備えている。これを、左右の主翼に9基ずつ、左右のカナードに3基ずつ配分している。このダクテッドファンはM250ベースのものよりも小型で、数を頼んで浮揚力や推進力を稼ぐ考えになっている。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。