しばしばいわれるように、統計上は飛行機(民航機)よりも自動車の方がはるかに事故率が高い。これを書いている筆者自身、自動車がらみの事故は複数回経験しているが、航空事故に遭った経験はない。というのも雑な統計だが、それはそれとして。

なぜ航空事故は怖がられるのか

飛行機で旅をする時よりもクルマで移動する時のほうが、確率的にはずっと危ないのだが、怖がられるのはどちらかというと飛行機のほうである。「事故が怖いからクルマに乗らない」という人には会ったことがない。

では、なぜ航空事故はクルマの事故よりも怖がられるのか。思うに、「地に足をつけていないことに起因する不安感」が一因にあるのだろう。実際、「あんな鉄の塊が空を飛ぶはずがない」とか「あんな鉄の塊が空を飛ぶのはおかしい」といったことを口にする方は実在するし。

なお、実際には鉄じゃなくてアルミ合金や炭素繊維複合材料が主体だろう、という突っ込みは措いておく。XB-70バルキリーやMiG-25フォックスバットみたいに、本当に鉄系素材でできている飛行機もあることだし。おっと、閑話休題。

  • 米国空軍国立博物館に保管されている「XB-70バルキリー」 写真:U.S. Air Force

    米国空軍国立博物館に保管されている「XB-70バルキリー」 写真:U.S. Air Force

もう1つの理由は、事故が起きた時のインパクトにあるのだろう。大きな物体が高速で地面に突っ込めば、機体はバラバラ、遺体もバラバラ、さらに火災が発生すれば現場は黒焦げ、ということになる。確かに、自動車事故の現場以上に凄惨なことになるのは否定できない。

また、自分が操縦しているわけではないから、運命を他人の手に委ねなければならない、という事情もあるかも知れない。ただしこれは異論を唱えたいところ。なぜなら、飛行機を操縦しているパイロットは、われわれのクルマの運転とは比べものにならないぐらい、厳しい訓練を受けてきている。しかも、定期的に身体検査を受けている。クルマの運転をするのに「定期的に身体検査を受けて、基準を満たせないと運転できない」なんてことはない。

ともあれ、こういった複数の事情から、怖さの度合でいうと「飛行機 > 自動車」ということになるのだろうと推測してみた。異論はあるかも知れないが、大外しもしていないと思う。

何でも、数字や理屈だけですべての人が納得してくれるわけではないし、「感覚的な怖さ」をバッサリ否定するのは難しい。本連載の第1回目で書いた「主翼がユサユサ揺れる」場面にしても、理屈が分かっていれば平然としていられるが、知らなければおっかなく見えるだろう。とはいえ、裏側の事情を知っていれば、少しは不安感が軽減されるのではないか。

  • 航空機事故での戦闘捜索救助の演習中の米国空軍パラレスキュー隊員 写真:U.S. Air Force

    航空機事故における戦闘捜索救助の演習中の米国空軍パラレスキュー隊員 写真:U.S. Air Force

安全とは積み上げである

飛行機に限らず、鉄道でも自動車でも工場の現場でも何でもそうだが、安全対策は、過去の経験の積み上げに立脚してきているところがある。

もちろん、最初にさまざまな可能性を想定して安全対策を講じるのだが、それでも「想定外の事態」が生じたり、「悪い条件が重なって、安全対策をスルリと通り抜けられてしまう事態」が生じたりする。

そうやって、不幸にも事故が起きてしまった場合、あるいは事故の一歩手前みたいな事態が起きてしまった場合にどうするか。まずは事実関係を調べてあげて、原因がどこにあったかを知ることがいちばん重要である。原因が分かれば、それに基づいて、新たな安全対策を考案して、適用できる。

そこで精神論に走って「たるんでるから事故が起きるんだ」といってみたところで、本質的な問題解決にはならない。もし、人的なミスや不注意が原因で事故になったのであれば、人的なミスや不注意をどうやってフォローして、致命的な事態に至らないようにするかを考えるのが、本当の安全対策である。

この連載は飛行機に関わるメカニズムやシステムについて解説するものだが、過去に取り上げてきたさまざまな記事、さまざまな分野はいずれも、過去の経験に立脚した積み上げ改良の成果といって差し支えない。

よく、何か事故が起きる度に「欠陥機」とか「欠陥品」とかいって騒ぎ立てて難詰する人がいるが、それだけでは問題の解決にならない。事故が起きた途端に、鬼の首でも取ったかのように騒ぎ立てる人は、実のところ、単に騒いだり難詰したりするのが目的なのではないか。少なくとも、それは飛行安全について真剣に考えている態度ではない。

事故調査の目的

これもしばしばいわれることではあるし、本連載でも繰り返し触れていることだが、事故原因調査の目的は、原因を明確にして再発を防ぐことである。

これが殺人や傷害みたいな刑事事件であれば、まずは「犯人捜し」「犯人の処罰」といったあたりが主体になってしまうのは致し方ない。しかし、事故原因調査はそうではない。目的は、犯人を見つけて吊し上げたり、責任をとらせたりすることではないし、それをやっても役に立たない。

メーカーやエアラインなどのトップを記者会見の場に引っ張り出して、頭を下げさせたところで、再発防止の役には立たない。「事故でこんな悲しい目に遭った人がいます」とお涙頂戴物語を仕立てたところで、再発防止の役には立たない。

虚心坦懐に原因を究明して、それを受け止めた上で適切な対策を講じる。もしも新たな知見や経験が得られたのであれば、それを反映していく。そうした地道なプロセスの積み重ねが飛行安全につながる。そしてもちろん、技術面の進化による部分もある。そこに感情論を持ち込んで、そちらの方がのさばるようなことになれば、かえって危険な方向に働いてしまうだろう。

社会が事故に対する向き合い方を間違えると、それは結果として適切な安全対策を講じるのを邪魔して、却って危険を増やす事態につながるかも知れない。大事なのは、性急に結論を求めるのではなく、落ち着いて事故調査の結果を待つことである。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。