厳密にいうと「事故」というより「人災」だが、民間機が過誤により、あるいは意図的に、撃墜される事件がときどき発生している。前回にも触れたように、今年の初めにもイランでウクライナ国際航空機が撃墜される事件が発生したばかりだ。こうした悲劇を、技術的な面から防ぐ手立てはないものか。

原因を分類してみる

誤射・誤撃墜にしろ意図的な撃墜にしろ、なにかしらの原因はあるわけで、まずはそれを分類するところから始めてみる。

誤射・誤撃墜とは、「民間機を撃ったつもりはなかったけれど民間機を撃ってしまった」という話である。特に戦時下にある国では起こりやすい。なぜかといえば、戦時下では敵機が自国に飛来する可能性が高い上に、それが本物の敵機なら迅速に排除しないと困ったことになるからだ。すると、とにかく何か飛行機が飛んでくると「すわ」となりかねない。

実のところ、平時でも過敏に反応する可能性はある。周囲の国との間で、何らかの緊張関係を抱えていて「一触即発」の状況に置かれている国ならば、特にそうなりやすい。

いずれの場合でも、根本的には識別の問題である。そして、「識別不明の航空機が飛来したときに、それに対して識別・対処を行うための手順」がきちんとしているか、その手順がきちんと守られているか、が問題になる。

もう1つの「意図的撃墜」はどうか。撃墜する側は最初からやる気になっているわけだし、撃たれる側は丸腰の民間機だから、手の打ちようがない。なお、正規軍による撃墜事案に加えて、非政府主体による撃墜事案も起こり得るが、こちらは正規軍と比べると統制が行き渡っていない可能性が上がるので、さらに厄介だ。

正直な話、意図的撃墜に対して技術的な解決策を講じることはできず、根本的なところで「撃墜の意図」そのものを挫かなければならない。民間機の側にできることはせいぜい、意図的撃墜をやらかしそうな国や地域に近寄らないことぐらいだ。

ごくごく一部の国では、民間の旅客機に軍用機と同様のミサイル接近警報・妨害装置を載せている事例がある。しかし、これは相応にコストがかかる上に、乗員に対して訓練を施す必要もあるだろうから、よほどの覚悟がなければ使えない手である。

  • ソ連/ロシア製の移動式地対空ミサイル「9K33オーサ(SA-8ゲッコー)」。ウクライナ国際航空機撃墜事件に登場したトールM1とは別物だが、移動式で自前の捜索レーダーを持っているところは同じ 撮影:井上孝司

    ソ連/ロシア製の移動式地対空ミサイル「9K33オーサ(SA-8ゲッコー)」。ウクライナ国際航空機撃墜事件に登場したトールM1とは別物だが、移動式で自前の捜索レーダーを持っているところは同じ

識別の方法

そこで、誤射・誤撃墜の原因となる「識別」について、もう少し掘り下げてみる。

普通、飛んでいる航空機を最初に探知する手段はレーダーだが、レーダーが行うのは電波の送信と受信だけであり、送信したレーダー・パルスを反射する探知目標がいるか、いないか、しか分からない。つまり、レーダーで探知しただけでは、敵味方の区別はつかないのが原則である。

そこで「誰何」の手段が登場する。第83回で取り上げた2次レーダー(secondary radar)がそれだ。そこでも書いたように、レーダーに併設しているインテロゲーターから電波を使って誰何すると、機上のトランスポンダーがそれに対して応答する。その応答の内容によって識別を行う。

民間機はフライト・プランを提出して承認を得た段階で、スコーク、つまり2次レーダー用のトランスポンダーにセットするコードの割り当てを受ける。その時点で「どのフライトに、どのスコークを割り当てたか」という紐付けが成立するから、その情報を皆で共有すれば良い。

ただし問題は、その「情報共有」である。民間機のフライト・プランを受け付けて2次レーダー用のスコークを割り当てるのは、各国の民間航空管制部門である。対して、防空任務を担当するのは各国の空軍であり、別組織なのである。

だから、各国の空軍では民間の航空交通管制システムにアクセスして、フライト・プランに関する情報を得られるようにしている。防空用の対空監視レーダーと、民間部門の航空路監視レーダーは別々だから、軍の対空監視レーダーが探知した目標の正体を知るには、このプロセスが必要になる。

  • 日本の航空交通管制情報処理システムの概念図 資料:国土交通省

    日本の航空交通管制情報処理システムの概念図 資料:国土交通省

これがすなわち「情報共有」だが、そこの部分に齟齬が生じると、どうなるか。フライト・プランを提出してスコークの割り当てを受けているのに、「正体不明機」にされてしまう可能性が出てくることになる。そこに、誤撃墜につながる因子が生じる。

実際、2020年1月8日に発生したウクライナ国際航空752便撃墜事件でも、移動式地対空ミサイル「トールM1」を運用している革命防衛隊と民間の航空交通管制部門とのやりとりに、問題があったとの指摘がある。

移動式地対空ミサイルで使用する対空監視レーダーは、固定設置している防空用の対空監視レーダーと異なり、スタンドアロンで動作している。するとおそらく、口頭によるやりとりが必要になったと思われる。それでは手間がかかるし、伝達ミスの可能性もゼロにはならない。

本来、あるべき手順

本来、正体不明機が平時に自国の領空に接近してきた時は、いきなり撃ち落とすなんて乱暴な真似はしない。まず戦闘機を離陸させて当該機に向かわせる。その戦闘機に乗っているパイロットが、当該機を目視で識別するのに加えて、国際共通の周波数を使って無線での呼びかけも行う。ちゃんとした文明国なら、そういう手順を踏んでいる。

問題は、無線での呼びかけに応じないとか、トランスポンダーが適切な応答を返してこないとかいった場合。実際、無害な民間機でも、コンタクトがとれなくなったという理由で、戦闘機にスクランブルをかけられた事例はある。

スクランブルをかける側からすれば、「ハイジャックに遭って乗っ取られたから、応答しなくなったのかも知れない」と考えるから、そうする。実際、過去には9.11同時多発テロみたいな事例もあったわけだし。

問題は、すべての国がそうやって正しい手順を踏むとは限らないことである。心理的な問題や運用手順といった問題も関わるため、技術的な手段だけでは解決しづらいのが難しいところだ。そして、戦闘機や地対空ミサイルが民間機を撃ち落とす悲劇が起きる。

例えばの話、軍のレーダー・オペレーターが正体不明機を探知した時に、民間サイドに照会せずに、いきなり「撃て!」となったのでは、技術的解決策もなにもあったものではない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。