航空機の事故に関する調査は、原因の究明だけで終わるものではない。殺人事件とは訳が違うのだ。「犯人を見つけて刑に処する」のが目的ではなく、「再発防止」が目的である。では、具体的にはどうやって?
航空事故に関わる2種類の通知
航空事故の原因といってもいろいろあるが、中には機体側に原因がある事故もある。そして、どの部分にどんな問題があって事故に至ったのかがわかったら、次はその問題の部位にしかるべき対策を施して、同じ事故が再発しないようにする必要がある。そこで関わってくるのが、SB(Service Bulletin)とAD(Airworthiness Directive)。
前者のSBは、メーカーが顧客に対して発出するもの。強制力はなく、「この対策は適用するほうが望ましい」ぐらいのニュアンスになる。米連邦航空局(FAA : Federal Aviation Administration)の定義を見ると、「製品改良のため」としているが、その「改良」には安全性の向上も含むのだと解される。
一方、後者のADは米連邦航空局(FAA)のような各国の航空担当当局が発するもので、「耐空性改善命令」と訳される。こちらは強制力があり、発出されたものは適用しなければならない。ドイツの航空担当当局が発出するTM(Technische Mitteilung)や、日本の国土交通省航空局が発出するTCD(ministry of Transportation Civil aviation bureau Directive)といったものもあり、意味はADと同様になる。
なお、航空担当当局といっても民間機を相手にするものだけではなくて、軍の部内に、軍用機を対象とする耐空性認証担当部門が置かれている場合もある。例えばイギリス軍の場合、部内に耐空性に関する規定を扱う部門が複数存在していたが、それらを一本化して2010年4月1日にMAA(Military Aviation Authority)を発足させて現在に至っている。
発出されているADは検索できる
SBにしろADにしろ、機体だけが対象になるとは限らない。場合によっては、エンジンやプロペラ(レシプロ機やターボプロップ機の場合)が対象になることもある。ただ、FAAの定義を見る限り、アビオニクスは名指しされていないから、これは機体の一部として扱われるようだ。
不具合を確実に直すという観点からすれば、強制力があるADを発出する方が確実である。これは飛行機に限ったことではないが、何の不具合も欠点もない完全無欠な製品というものは存在しないだろう。現に、乗用車のリコールに関するニュースはちょいちょい目にする。
もちろん、完全無欠な製品であるほうが望ましいに決まっているが、実現するのは非現実的。だから、何か問題が見つかる度にADが出る。しかし、業界の外に出れば、無邪気に「完全無欠」を要求する人はいるものだ。そういう人は往々にして、ADの発出があると、これ幸いとばかりに「○○に欠陥が発覚!」といって大騒ぎする。これは褒められた態度ではない。
FAAでは、過去に発出されたADを検索できるWebサイトを用意しているので、もしも興味がおありなら、覗いてみるのも良いかも知れない。これを見ると、実に多数のADが、さまざまな機種に対して発出されていることがわかる。
Airworthiness Directives (ADs)
過去に発出されたADを検索したい時は、「Search Historical ADs」のリンクをクリックする。遷移した先の画面では、左側のツリーで「Current ADs」以下の「By Product」をクリックすると、画面右側にカテゴリーの一覧が出る。そこで「Aircraft → Large Airplane → [メーカー名]」とツリーを展開すると、機種ごとのリストが現れる。
もちろん、内容も危険性の度合もさまざまだから、単にADというだけでひとからげに扱うことはできない。ただ、「ADが出たから欠陥品!」といって騒ぎ立てても、飛行安全にはまるで貢献しないだろう、とはいいたい。
ADは悪の印なのか?
だいぶ前の話になるが、航空事故について書かれた書籍の中で「機体メーカーはADの発出を嫌がり、SBの発出で済ませようとする」「ライバル・メーカーが、競合機に対するADの発出を引き合いに出して自社製品の売り込みをかけることがある」といった話が出てきたことがある。
なるほど、過去にそういう話がまったくないとは言い切れまい。御存じの通り、熾烈な競争を展開している業界のことだ。売り込みに使えそうなものなら、些細な材料でも引き合いに出す、と思われるのは無理もない。
しかし、実際に自分が飛行機を作って飛ばしている立場であれば、そんな能天気な対応ができるものだろうか。ライバル・メーカーの製品にADが出たとしても、「明日は我が身かもしれない」とは思わないだろうか。ライバル・メーカーがADの発出を受けた件をダシに使っても、後でブーメランになって自分が痛い目に遭うリスクにつながりかねない、という方が実情に近いのではないか。
クローズドな場で口に出すならまだしも、例えば記者会見のような公開の場で「ADが出たライバル機よりも我が社の製品のほうが素晴らしい」なんて口にするようなメーカーがいたら、果たして信頼されるだろうか。
日常的に「うちの製品のほうが優れている」とアピール合戦を展開しているボーイングとエアバスだが、筆者は、日本で行われた記者説明会などの席で、ADの発出を引き合いに出して相手を叩く場面を見たことはない。
むしろ、自国製品礼賛の提灯メディアが、他国の競合製品がADの発出を受けたときに「これで我が国の製品にも勝機が!!」と書き立てるパターンのほうが、「ありがちな話」ではないだろうか。これもまた、飛行安全をダシに使っているだけで、本当に飛行安全を真剣に考えているわけではない一例である。
これ、航空機の不具合に限らず、ソフトウェアでセキュリティ上の脆弱性が発覚するような場面でも、同じことがいえるかもしれない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。