飛行機に限ったことではないが、事故が起きた時に「操作ミスが原因でした」と言われることがある。そこで「ミスをするなんて怪しからん、たるんでる」と吊し上げるだけでは、問題の解決にならない。だいたい、そうやって吊し上げている人が過去に、何のミスも間違いもしたことがないわけでもなかろうに。

ミスの因子はいたる所にある

実のところ、ミスが入り込む原因はいろいろなところに潜んでいる。そして、過去の事故の経験から「これはマズい」と判明したことを、しらみつぶしに解消することで、安全性が向上してきている。航空機に限らず、他の分野にもいえることである。

例えば、計器の誤読。第48回高度計を取り上げた時に「3針式の高度計は誤読の可能性が指摘された」という話を書いた。空を飛ぶもので高度計を読み違えたら、事故に直結する。だから3針式の高度計は使われなくなり、もっと誤読しにくい形に改められた。

また、チャート(航空路図)の書き方ひとつとっても問題が生じることがある。例えば、着陸進入時に経由するルートの途中で「この地点はこの高度で通過する」という記述があったとする。その数字の近くに、山みたいな障害物があり、それの高度が書いてあったとする。すると、接近して書かれた2つの数字を間違って読み取る可能性が出てくるかも知れない。

そこまで考えながらチャートを作らなければならないのだから、なんとも神経を使う仕事だと思う。

  • 書き方ひとつで問題が生じることがあるチャート(航空路図)の作成は難儀だ

    書き方ひとつで問題が生じることがあるチャート(航空路図)の作成は難儀だ

なにもチャートに限った話ではない。グラスコックピット化によって、さまざまな情報を多機能ディスプレイ(MFD : Multi Function Display)に表示できるようになった。これにも同様の難しさがあるだろう。

グラスコックピットの利点として、「さまざまな情報を統合表示できる」だけでなく「必要な情報だけを表示できる」がある。例えば、方位・針路の情報に気象レーダーや航法支援施設・経由点の情報を重畳表示すれば、ナビゲーションの助けになる。

また、必要に応じて、あるいは状況に応じて表示モードを切り替えられるようにして、それぞれの状況において必要な情報だけを表示する。これも間違いを防ぐ工夫といえる。しかし、その画面のどこに何をどういう形で表示するか。これも漫然と決めてしまえば事故の元。

過去の経験・知見に基づいて、間違いが起きにくくなるように考えないといけない。また、機種が変わった途端に表示のやり方がまるで違うというのも考え物だ。

チェックリストと相互確認

読み取りミスだけでなく、操作ミスというものもある。

飛んでいる最中に減速につながるようなメカを誤操作すれば、ことに着陸進入中には致命的な事態になりかねない。接地後の減速に使用するスポイラーや逆噴射が典型例だろうか。すると、接地して降着装置のオレオが縮んでいる時に限って作動する、という仕組みを加えた方が安全ではないか、という話になる。

フライ・バイ・ワイヤ(FBW)を使用している機体では、操縦系統に飛行制御コンピュータが介在するから、危険な領域に入らないようにコンピュータが阻止することができる。ただしこれも、飛行制御コンピュータの動作をパイロットが正しく理解していないと却って事故の元、というのは有名な話だが。

そして、設定ミス。計器が示している数値、レバーやスイッチの位置など、正しい状態になっている、あるいは正しい位置にセットしていなければならないものが正しくなければ、これもまた一大事である。だからチェックリストというものがあって、計器の数値やスイッチ・レバー類の位置に間違いがないことを、ひとつひとつ確認する。チェックリストの内容が変わるかも知れないから、チェックリストを覚えてはいけない。

また、1人で確認するのではなく、複数名で相互に確認し合うことで確実性を高める場面もある。以前に書いたことがある、旅客機のドアモードの話がそれ。JALの場合、機内アナウンスで「客室乗務員はドアモードを○○に変更して、相互確認してください」とやっている、あれだ。

相互確認とは、左右のドアで切り替えを担当する乗務員が互いに、反対側のドアについてもドアモードを確認するという意味。例えば、最前部のL1ドアとR1ドアだったら、L1ドア担当の客室乗務員が、切り替え後にR1ドアも確認する(逆も同様)。ポイントは、自分が操作したものを自分で確認するだけでなく、他人が操作したものも確認すること。

  • 旅客機のドアは相互確認によって、自分の操作を他人にも確認してもらう

    旅客機のドアは相互確認によって、自分の操作を他人にも確認してもらう

着陸進入時の高度読み上げ(コール・アウト)みたいに、きちんと声に出して確認するのもまた、ミスを防ぐためのノウハウのひとつ。ドアモードの切り替えも、見ているとちゃんと声を出して確認している。鉄道の運転士や機関士が、信号を確認する度に喚呼しているのも同じだ

単位の安易な変更・併用は事故の元

その高度。普通、空の上ではフィート単位である(1ft=0.3048m)である。もしも、機体によって高度計の単位がメートル単位だったりフィート単位だったりすれば混乱の元だし、それはチャートでも管制交信でも変わらない。

燃料も同じで、単位がキログラムだったりポンド(1lb=0.454kg)だったりリットルだったりと入り乱れていれば大混乱だ。実際、ポンドとキログラムを併用していて、そこで換算を間違えたせいで燃料を半分しか積まずに飛び立ってしまった、という有名な事例がある。

高度や燃料と比べると目立たないが、油圧の単位もpsi(平方インチあたりのポンド)である。kgf/cm2でなければkPaでもない。

だからこの業界、メートル法になじんだ頭では苦労させられることが多いものの、単位をいきなり変えてはいけないのである。

筆者はアメリカでクルマを運転していた時、給油量を概算するのに「リッター当たり何km」単位の燃費を「ガロン当たり何マイル」に換算しようとしてこんがらかった経験がある。ガソリンスタンドで給油するのに、最初に「何ガロン分」とオーダーするための数字を出そうとしたためだが(乗っていたのがトヨタ・ヤリスだったので、燃費の当たりをつけるのは難しくなかったが、換算が簡単ではなかった)。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。