前回に触れたように、事故調査に際しては、経過の再現が重要な意味を持っている。前回にも書いたように、前回に取り上げた飛行経路、高度、速度だけでなく、機上の機器やシステムの動作、そしてコックピット内やコックピットと管制官のやりとりなど、対象は多岐にわたる。
コックピット・ボイス・レコーダー
そこで用いられる機器の1つが、コックピット・ボイス・レコーダー(CVR)。コックピットの天井に取り付けたマイクロフォンによって会話の記録をとり、さらに管制官との無線でのやりとりも記録する。当初の記録時間は30分だったが、さらにさかのぼらないと状況がわからないという事案が発生したため、後に2時間に拡大された。
こちらも、昔はアナログな方式で、エンドレスの磁気テープが使われていた。記録時間が30分なら、30分の録音ができる長さがある磁気テープを用意して、それをグルグル回す。事故があると録音が停止するから、そこから過去30分はさかのぼれるわけだ。しかしこちらも、現在ではデジタル方式になっている。
CVRの記録により、コックピットでどんなやりとりが行われていたのかを把握できる。もしも、機長や副操縦士が何らかの不具合に言及していれば、それが記録に残るから、不具合が起きていたことの証拠になり得る。
そうやってCVRが事故調査に役立った事例は多い。ところが、時には機長と副操縦士の間の会話の内容から、事故原因そっちのけで「たるんでる」とマスコミに叩かれてしまうような事例も起きている。精神論は事故防止の役に立たないのだから、本筋から外れたバッシングは問題解決の役に立たない。
残骸や現場を調べる
CVRで把握できるのは、コックピットにおけるやりとりだけだから、それだけでは事故の経過を知る材料としては不十分。もちろん、現場の調査や、現場から回収した残骸の調査も欠かせない。
わかりやすい例を1つ挙げる。飛行機が山や森に突っ込んだ時、そこに生えている木を主翼がちょん切ったり、なぎ倒したり、といったことが起きる。ちょん切られた木の幹で、切口が水平なのか傾いているのかを調べたり、複数の木の幹について切り口の状態を比較したりすることで、突っ込んできた機体の姿勢を推測できる可能性がある。
残骸はどうか。もしも、どこかの機体構造材に金属疲労が発生して破断が生じたのだとすれば、破断面に特有のパターンが現れているかもしれない。
また、残骸の飛散状況がヒントになる場合もある。多発機で、一部のエンジンだけが離れた場所に落ちていたとか、あるいは、トルコ航空DC-10墜落事故(1974年3月3日)みたいに、後部貨物室ドアだけ現場からはるかに離れた場所に落ちていたとかいうのが、それだ。
また、回収した残骸を調べてみたら、重要機能部品の微妙な工作不良が判明した、なんていう事例もある。そういうことがあるので、事故現場にある残骸は(可能な限り)もれなく回収する必要がある。
ある海外の小説で書かれていた話だが、墜落事故が発生した時に地元住民が現場に落ちていた事故機の残骸を「記念に」といって持ち帰ろうとして、現場に駆けつけた事故調査担当者との間でもめる場面が出てくる。事故調査担当者にしてみれば、小さな破片1つが大事な手がかりにつながるかもしれないのだから、残骸を勝手に持って行かれてしまっては困るのだ。
もっとも、陸上ならともかく洋上で発生した事故だと、残骸は海底に沈んでしまうかも知れないし、海面に浮かんで遠くまで流されてしまうかも知れない。だから、洋上で発生した事故の方が、原因究明が困難になる傾向がある。時には、海底から回収した残骸を調べたおかげで原因が分かった、ということもあるが。
そういう事情があるから、現場近くの海岸地域で「もしも事故機の残骸らしくものを見かけたら、触らないで直ちに通報してください」というお願いがなされることになる。
事故の経過を再現する
さらに踏み込んで、事故の経過を実機で再現してみよう、というところまで話が進んだ事例もある。わかりやすい例としては、デハビランド・コメットの空中分解事故(1954年1月10日)がある。
この事故の原因は、機内の与圧に起因する胴体の金属疲労。飛行の度に機内を与圧するので、飛行中は胴体の内部と外部の間に大きな圧力差が発生して、構造負荷が加わる。しかし、飛行を終えると胴体の内部と外部の圧力差は解消する。このプロセスが飛行ごとに繰り返された結果として、胴体の伸縮(膨らんだり縮んだり)が繰り返されて、金属疲労の原因になった。
そういう問題が起こるということが初めてわかったのが、コメットの事故だった。第2次世界大戦中にも、機内を与圧していた機体がなかったわけではなくて、例えばB-29爆撃機がそれである。しかし、金属疲労の発生につながるほど多くの飛行回数(サイクル数)に至らなかったのであろう。
コメットの場合、事故調査の過程で、実機の胴体を巨大な水槽に入れて、水圧をかけることで与圧の繰り返しを再現する、という作業が行われた。それによって、与圧に起因する金属疲労という新たな課題が判明した次第。そういう知見が得られたからこそ、その後の飛行機は実際の運用形態・運用期間を想定して、静強度試験だけでなく、繰り返し荷重をかけて疲労試験を行うようになった。
こうした、金属疲労に関する試験は地上でやるしかない。いちいち飛びながら繰り返し荷重をかけるのでは、時間と手間と費用がかかりすぎるし、飛行中に機体が壊れたら新たな事故になってしまうから。
しかし、事故の内容によっては、別の同型機を使った再現飛行実験を行うことがある。もちろん、その前提条件として、事故発生時の飛行条件や、操縦などの操作内容を正しく把握できていることが求められるのはいうまでもない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。