5月29日に、航空自衛隊のアクロバットチーム「ブルーインパルス」が、東京上空でフライオーバーを実施した。COVID-19(新型コロナウイルス肺炎)への対処で第一線に立っている医療関係者に対して敬意と謝意を表する、というのがその趣旨。筆者の自宅の近所も飛んでくれたので、自宅のバルコニーから見物していた。見物のために、わざわざ人が集まりそうなところに出向くのはよろしくないし。
戦闘機派 vs 練習機派
「ブルーインパルス」の機体は御存じの通り、T-4ジェット練習機。これと同様にジェット練習機を使っているアクロバットチームには、イギリス空軍の「レッドアローズ」、フランス空軍の「パトルイユ・ド・フランス」、イタリア空軍の「フレッチェ・トリコローリ」、韓国空軍の「ブラックイーグルス」などがある。
また、ジェット練習機ではなく、ターボプロップ・エンジンを搭載する練習機を使用している事例もある。筆者が生で見たところだと、オーストラリア空軍の「ルーレッツ」がそれ。ここはピラタスPC-9/Aを使っていたが、昨年から同じピラタスのPC-21に機種改変した。
ジェット戦闘機を使っているアクロバットチームは、アメリカ空軍の「サンダーバーズ」、アメリカ海軍の「ブルーエンジェルズ」、ロシア空軍の「ルスキーイェ・ヴィチャジ」などがある。
機体が大柄で迫力があり、さらに音とスピードで見せることもできるのは戦闘機の利点だが、運用経費がかかる泣き所がある。そのせいか、ジェット練習機を使うチームの方が多いようだ。それらと比べると、ターボプロプ練習機なんて……と馬鹿にしてはいけない。音やスピードでは見劣りするかもしれないが、「技」を見せるなら話は違う。
と書いておいて、話をややこしくするのも何だが。スイス空軍の「パトルイユ・スイス」は、F-5EタイガーII戦闘機を使っている。これは、F-16の前に「サンダーバーズ」で使っていたT-38タロン練習機と同系統の機体。さてこれは練習機なのか戦闘機なのか……。
なんて話はどうでもいい。本稿のテーマは別のところにあって、「ベース機とアクロ仕様機は何か違うの?」だから。
外見だけの違いではない
戦闘任務に就く機体ではないし、目立ってナンボのものだから、アクロバットチームの機体はみんな塗装が派手だ。ただ、チームごとの「カラー」のようなものがあるので、機種が変わっても塗装の全体イメージは継承することが多いようだ。
「サンダーバーズ」や「ブルーエンジェルズ」は塗り分けのパターンまで大きく変えずに維持している例で、「ブルーインパルス」は「青系統」で通しながら塗り分けを変えてきている例。「ブルーインパルス」の機体が赤系統では、なんかヘンだし。
ただ、違うのは塗装だけではない。「ブルーインパルス」のT-4を例にとると、キャノピーの強化(低空を飛ぶ場面が多く、バードストライクの可能性が増えるから)、方向舵の作動角拡大、低高度警報装置追加などの変更が加わっている。戦闘機を使っているアクロバットチームだと、「短時間で実戦用に戻せるように」なんて条件がついていることもあるようだ。
ちなみに「パトルイユ・スイス」は、展示飛行の場所を間違える珍事をやらかしたことがある。航法機材の不足が指摘されたが、第一線の実戦機並みの仕様だったら、そんなことにはならずに済んだだろうか? おっと、閑話休題。
どこのチームにも共通するマストアイテムが、スモーク発生装置。ジェット機だと、エンジン排気ノズルのところにスモークオイルの噴射用ノズルを追加して、そこに機内のスモークオイル用タンクから配管を引っ張って来る。そして、操縦桿に取り付けたトリガーを引くとオイルが出るようになっている。スモークオイルのタンクは、燃料タンクの一部を転用するのが一般的か。
「ブルーインパルス」の場合、スモークオイルはスピンドル油。単体で使うと白いスモークになるが、顔料を混ぜるとカラースモークになる。ただし、顔料が沈殿してしまうとまずいので、機体に搭載する前にしっかり攪拌しておく必要があるという。
「ブルーインパルス」のT-4は双発機だが、スモークオイルのノズルは右舷側の2番エンジンにだけ付いている。だから、展示飛行の写真を見るとスモークの発生場所は機体の中心線よりも右に寄っている。同じ双発機でも、「ブルーエンジェルズ」のF/A-18ホーネットは、左舷側の1番エンジンにスモークオイルのノズルが付いている。
ボーイングは先日、米海軍のアクロバットチーム「ブルーエンジェルズ」向けのF/A-18E/Fスーパーホーネットの1号機を納入したが、この機体ではスモーク関連の機器追加に加えて、長時間の背面飛行に対応できるように燃料系統の変更を実施、さらに重心位置の修正も行われているという。
ジェット機以外だとどうするの?
ジェット機のスモークの出し方はわかった。では、「ジェット機ではなかったらどうするの?」という疑問は当然ながらありそう。
そこで、「ルーレッツ」の飛行展示を撮影した写真を見てみたのだが、スモークは機体の右舷側から出ている。どうやら、エンジンの排気ノズルがスモークの出所みたいだ。ちなみに、レシプロ・エンジンを使う機体でも、排気管からスモークが出ていることが多い。
アクロ専用機ならスモーク発生装置を常設できるが、実戦機でデモチームを編成したり、一発もののデモフライトを実施したりするのに、わざわざスモーク発生装置をつけるわけにも行かない。そんな時は、脱着式のメカを使う。例えば、サイドワインダー空対空ミサイルと似たサイズ・外形のスモーク発生装置があり、サイドワインダーの代わりに発射レールに取り付けて使う。
また、常設のデモチームでも、実戦機をそのまま使っている米空軍のF-22デモチームやF-35デモチームでは、スモークは出さずに飛んでいる。
なんだかスモークの話ばかりになってしまったが、「たまにはこういう話もいいのではないか」と煙に巻いて終わりにしたい。早いところCOVID-19の騒動が沈静化して、またアクロバットチームの展示飛行を観られる日が戻ってきてほしいものだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。