第41回で、機上酸素発生装置(OBOGS : On-Board Oxygen Generation System)の話を取り上げた。今回は時事ネタということで、その軍用機の酸素供給系統に関する続きの話と、そこから意外な派生を見せた話を取り上げる。

疑われたOBOGS

第41回でも触れたが、複数の米海空軍機で、OBOGSの不具合が疑われるようになって数年が経過している。OBOGSが供給する酸素を使用するパイロットが、飛行中に体調不良を訴える事案が、いくつか発生したためだ。

そして、我が国でF-35Aの墜落事故が発生した時にも、「OBOGS原因説」を声高に主張する人がいたと記憶している。ただし、公式な調査報告書では、OBOGSは原因とされていない。

F-35の場合、日本で墜落事故が発生するより前に、アメリカ空軍の訓練拠点になっているルーク空軍基地の第56戦闘航空団で、パイロットから「低酸素症の症状が出る」との訴えがなされた事案がいくつかあった。そこで予防的対策として、「センサーを強化することで、高度の変化に合わせて適切な量の酸素を供給できるようにする」という話が出てきた。

つまり、パイロットに供給する呼気の内容を常にモニタリングして、状況に合わせた最良の内容にコントロールする」という話だ。このほか、パイロットに対して実施している呼吸法に関する訓練を改善するとか、酸素欠乏症の兆候を認知するとともに対処するための訓練を図るとかいった話も出た。

OBOGSの不具合が疑われた機体の1つに、米海空軍で運用している練習機、T-6テキサンIIがある。これについて米空軍は2018年の9月に、「OBOGSが供給する呼気の酸素濃度レベルが変動するのが、パイロットが不具合を訴えることになった原因」とした上で、OBOGSそのものの改修に加えて、OBOGSの整備頻度を引き上げる施策を発表した。

  • 米空軍のT-6テキサンII練習機。テキサンといっても「敵さん」ではなくて、Texan、つまり「テキサス人」のこと 撮影:井上孝司

    米空軍のT-6テキサンII練習機。テキサンといっても「敵さん」ではなくて、Texan、つまり「テキサス人」のこと

こうした一連の動きの中で米軍は、パイロットが実際に吸っている呼気に問題はないかどうかを確認する動きに出た。それがAMPSS(Aircrew Mounted Physiologic Sensing System)計画で、呼気の内容を調べるセンサーをコバム社に開発させた。それがVigilOXという製品。また、コバム社は別口で、自動的に酸素供給量を調整する機能を備えたSmartFLOという電子制御レギュレータの開発契約を、2018年の7月に受注した。

その後、2019年5月になって、コバム社は米国防総省からAPLSS(Autonomous Pilot Life Support System)を受注したことを明らかにした。これは、先に出てきたVigilOXを改良したセンサー、それとエルビット・システムズ製の健康状態監視システムCanaryを組み合わせたもの。これらから得たデータに基づき、OBOGSがパイロットに供給する呼気の酸素濃度を自動的に調整するというものだ。

その調整に使用するコンポーネントを、SmartFLOレギュレータという。これは、気圧の変動や二酸化炭素濃度の変動などに対応して、適切な呼気を供給できるように調整するもの。そこにSureSTREAM酸素コンセントレータを組み合わせて、最終的には将来型酸素供給システム・ARGOS(Auto Response Guided Oxygen System)の実現を目指すとしている。

レギュレータを人工呼吸装置に転用

ここまでは、戦闘機や練習機が装備するOBOGSを、より安心して使える、信頼できる製品にするための努力に関する話だ。そうやって研究開発を進める過程でできた製品、あるいはその過程で得られた知見が、意外なところで活用されるようになったというのが、今回の話の本題。

COVID-19(新型コロナウィルス肺炎)の感染拡大と治療に際して、脚光を浴びた機材の1つに人工呼吸装置がある。そして、先にOBOGSがらみの話で名前が出たコバム社が2020年4月3日に、「軍用機の酸素供給系統で使用している圧力制御用のレギュレータを転用して、民間向けの人工呼吸装置に導入する」と発表した。

よくよく考えれば、人間の呼吸に適した状態の空気を送り出すための制御機能が必要、というところでは、どちらにも共通性がある。無論、まったく同じ機能というわけではないだろうし、医療用ならではの要求だってあるだろう(その辺は専門外なので、具体的な話になるとわからないけれど)。

もちろん、コンポーネントのレベルでいきなり転用して「ハイどうぞ」とやったわけではない。とはいえ、ある得意分野で手掛けている製品や技術を、ニーズに合わせて別の分野にスピンオフさせた事例の1つであるのは間違いない。無論、医療用として求められる機能・性能を満たしているかどうかを確認・検証した上で、前述の発表に至っている。

エンジン・メーカーが人工呼吸装置の生産に関わる

ちなみに、COVID-19をきっかけにして人工呼吸装置に関わるようになった航空関連メーカーは、コバムだけではない。ロールス・ロイスもそうだ。

ロールス・ロイスというと、日本では「高級車」のメーカーとしか思われていない、と広報担当者が嘆いていたことがあったが、実は航空機用エンジンの大手でもある。そして、航空機用のエンジンにはバルブやポンプといったコンポーネントがあり、それらは精確な制御を要求される。

  • エアバスA350のパワープラント、ロールス・ロイス製トレントXWB。開いたカウルの内側に、複雑な配管などが見て取れる。これら精密機器を製作したり、コントロールしたりするには、高い技術力が求められる 撮影:井上孝司

    エアバスA350のパワープラント、ロールス・ロイス製トレントXWB。開いたカウルの内側に、複雑な配管などが見て取れる。これら精密機器を製作したり、コントロールしたりするには、高い技術力が求められる

そのロールス・ロイスは2020年4月1日に、人工呼吸装置の増産に参画することを明らかにしている。ただし、具体的にどんな分野、あるいはどんなコンポーネントで、というところは明らかにしていないが、エンジン屋さんが出てくるのだから、呼気の制御に関わる部分ではないかと思われる。

既存の人工呼吸装置メーカーには既存のサプライチェーンがあり、それはすでに手一杯。そこで、これも航空機関連のサプライヤーであるGKNが人工呼吸装置の生産に乗り出し、そこにロールス・ロイスのコントロール・システムズ部門が部品を供給するのだという。ロールス・ロイスのプレスリリースでは「当社のチームは、自分たちの技術や専門性を、まったく別の製品や業界に応用しています」といっている。まさにスピンオフである。

ロールス・ロイス以外では、これも航空機用エンジン大手のゼネラル・エレクトリックがやはり、人工呼吸装置の生産に乗り出しているという。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。