これまで6回にわたり、航空機のシミュレータについて説明してきたが、今回は、シミュレータに関わる余談というか、周辺の話題に属しそうな話をいろいろまとめてみた。意外といろいろなところでシミュレータが出てくるものである。
開発用のシミュレータ
以前に、ビジュアル装置やモーション装置を備えたシミュレータの最高峰であるFFS(Full Flight Simulator)を取り上げた。パイロットの訓練に使用するFFSは特定の機種に合わせた内容になっている「専用品」だが、模擬コックピットの中身や制御用のソフトウェアを変更することで、複数の機種に対応できる製品もある。
また、まだ実機が存在しない状態で使用する、開発用のシミュレータもある。メカとしてはFFSと同じものだが、開発・設計段階の機体について、計算に基づいてさまざまなシミュレーションを実地に行う場面で使用する。開発用のシミュレータでは、諸元をいろいろ変えながらシミュレーションを実施することになるので、プログラムやデータの変更・修正を行いやすいように配慮されているものと思われる。
今は事前に行うシミュレーションの精度が上がっているので、完成した実機を飛ばしてみたら「シミュレータと同じだったね」という感想をパイロットが口にするのは、よくある話。しかし、それを実現できるかどうかは、開発中の機体を飛ばすときの動きを、どれだけ精確にシミュレートできるか、にかかっている。つまり、開発中の機体を数値モデル化して計算式に落とし込む、モデリングの作業が大事なのだ。
なにも飛行機に限らず、さまざまな分野においてモデリングとシミュレーションを活用して、現物ができる前の試行錯誤、検討、検証に活用するようになってきているのは、さまざまな業界で見られる傾向だ。モデリングのノウハウと、コンピュータの能力が向上したおかげだ。
実際、米国防総省の契約情報を見ていると、モデリングやシミュレーションに関わる契約の発注は結構な数になっている。最終的には現物を作ってテストしなければならないが、そこに至るまでの工程で、モデリングとシミュレーションを活用することは、試行錯誤の過程を効率化・迅速化したり、リスクを低減したりするためには不可欠だ。民間分野でも事情は変わらない。
エンジン・シミュレータ
「シミュレータ」と名前に付いていても、いわゆるフライト・シミュレータとはまったくの別物。それがエンジン・シミュレータで、風洞試験で使用する。これが必要になるのは、エンジン排気が関わる試験を行う場面。
例えば、STOL(Short Take-Off and Landing)機ではエンジン排気を下方に向けることで浮揚力を生み出し、離着陸時の滑走距離を短くする手法がある。それをやるには、エンジン排気の流れを適切にコントロールする必要がある。
分かりやすい例が、今は岐阜県のかかみがはら航空宇宙博物館で展示されているSTOL実験機「飛鳥」で、主翼上面に取り付けたエンジンの排気を、降ろしたフラップに沿わせて下方に偏向させている。
エンジン排気は単に真っ直ぐ流れているわけではなく、旋回流になっている。だから、機体の模型を用意して、エンジン排気口のところから高圧空気を単純に噴出させるだけでは、的確な試験ができない。実機と同じように、内部に回転する羽根を持ち、排気口から旋回流を吹き出す仕掛けが要る。それがエンジン・シミュレータ。
何か具体的に書かれたものがないかと思って探してみたら、以前にも名前が出てきた科学技術庁・航空宇宙技術研究所(NAL : Natoinal Aerospace Laboratory)の資料が見つかった。以下のリンク先にあるPDFの14ページだ。本物のエンジンと同じように内部で羽根が回転するが、それは外部から供給する高圧空気で作動する。
もっとも、航空分野とそれ以外の双方で、エンジンそのものを模擬する仕掛けがあって、そちらもエンジン・シミュレータというからややこしい。
テストリグ
もはやここまで来ると、シミュレータという名称は使われていないのだが、テストリグの話もしておこう。
実機に組み込む機器やシステムを開発する際には、事前に地上でテストするための仕掛けが必要になる。そこで、実機と同じ機器を実機と同じように並べて接続して、地上で模擬動作させる仕掛けを用意することがあり、これをテストリグという(ものによっては、アイアン・バードと呼ぶこともあるようだ)。
例えば、操縦系統のテストリグなら、補助翼、フラップ、スポイラー。方向舵、昇降舵といった操縦翼面を実機と同じように並べて、それらを作動させるための索や機器や配管も、実機と同じように組み付けたテストリグを用意する。
それを使って、実機で行うのと同様に作動させてみて、意図した通りに、仕様通りに動くかどうかを検証する。不具合が発生すれば手直しが必要になるが、手直ししたものもまた、同様にテストリグに組み込んで検証する。そして「問題ない、これで大丈夫」となったものを実機に搭載して飛ばすことになる。
UAVでは、シミュレータと本番を同じ機材で兼ねられる
最近、シミュレータも本番も同じ機材で済む事例が出てきている。それが、無人機(UAV : Unmanned Aerial Vehicle)の地上管制ステーション(GCS : Ground Control Station)。
大型で高価なUAVのGCSになるほど、有人機のコックピットに近い造りになって行く。ゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI)のGCSなんかは、もう本物の飛行機のコックピットに近い。
そもそもUAVの場合、実機に乗り込んで操縦するわけではなくて、機体から送られてくる前方カメラの映像や、飛行諸元に関するデータ(GCSの計器表示に反映される)を見ながら操縦する。そうなると、映像や飛行諸元を送ってくる元が、UAVの実機なのか、シミュレーション用のコンピュータなのか、という違いしかない。
だから、実機の管制に使用するGCSでも、モードを切り替えて、パイロット訓練用のシミュレータとして動作させることができる。シミュレーション訓練でも本番でも、操作するものは同じだし、目の前の画面に映し出された映像を見ながら操作するところも同じ。違うのは、ドジを踏んだときに実際に機体が墜ちて失われるかどうかだけ、といっても過言ではないかもしれない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。