COVID-19(新型コロナウイルス肺炎)の感染拡大を防ぐ目的で、日本も含めて、各国が出入国規制を発動した。すると当然ながら、国際線の航空機による人の往来は途絶えてしまう。一方で、医療関連物資などの輸送があるから、貨物輸送は盛況だ。
3種類の輸送機
何かを運ぶことを仕事とする飛行機を、総称して輸送機という。輸送機が運ぶ対象には、人と貨物がある。
人は自分で歩いて乗り降りしてくれて、かつ、サイズ・重量にべらぼうなバラツキはない。一方、貨物はサイズも形状も重量も多種多様。小さな半導体部品から、60トンぐらいある戦車まで空輸の実績がある。そして車両は別として、普通は自分で動いてくれない。だから、貨物を搭載するには、貨物を容易に移送できる仕掛けが必要になる。
そして、輸送機は軍用輸送機と民間輸送機に大別できる。そのうち後者については、旅客機と貨物機に分かれる。
軍用輸送機は貨物の輸送がメインであり、多種多様な貨物に対応できるように、大きな貨物室を確保することが最優先。また、車両を自走で揚搭できるように、床面を低くして前後、あるいは後部にランプを設ける。
貨物の種類が多種多様なので、バラ積み貨物はパレットに載せて梱包して、そのパレットごと揚搭する。西側諸国では米軍規格の463Lパレットが標準だから、軍用輸送機の能力を示す指標は「463Lパレットが何枚載るか」である。
軍用輸送機で人を運ぶこともあるが、その時は椅子を仮設する。ただし、空挺部隊の輸送を考慮に入れて、貨物室の左右側壁に折り畳み式の椅子を設けることもある。それだけで足りなければ、機体の中心線に沿って、それぞれ外側を向いた椅子を追加する。
そんなわけで、貨物型で人も運んでしまうから、「軍用旅客輸送機」というものはない。そもそも、軍人を旅客機で運びたくなったら、民間の旅客機を使えば済むことである。
多種多様な積荷(おっと、人間を積荷呼ばわりしてはいけないか)に対応するのが軍用輸送機の身上だ。一方の民間輸送機は、「旅客機」と「貨物機」がしっかり分かれている。「旅客機」は腰掛を固定設置する一方で、「貨物機」はがらんどうの貨物室を設ける。
民間の貨物輸送機では、貨物の積み方が軍用輸送機とは違う。パレットを使うこともあるが、主力はコンテナだ。コンテナには多種多様な種類があるが、機種によってはコンテナを載せられないこともある、という話は以前に、ボーイング737に絡んで書いたことがある。
ただし、その貨物室に腰掛を仮設する手はある。以前にも書いたように、腰掛を取り付けたパレットを用意しておいて、それを貨物室に搬入・固定すればよい。ただし、それだけだと手荷物収容スペースを確保できないし、ギャレーもラバトリーもないから、定期便の旅客機で使える手ではない。あくまで緊急避難的な用途に限られる。
第一、床構造が貨物機のままでは、凸凹や突出物がいろいろあって具合が悪い。
旅客型を貨物型に転換できるか
COVID-19の影響を受けて旅客便の需要が消し飛んでしまい、一方で医療関連物資空輸のように、貨物便の需要は増えている。そこで、エア・カナダが旅客型777の腰掛を取り払い、そこに貨物を積み込んで輸送する、というニュースが流れた。
しかし、これが業界のトレンドになって他社も続々と追随している……かというと、そうでもないようだ。当のエア・カナダからして、改修機は3機どまりのようである。エア・カナダ以外で客室を貨物輸送用に改造したエアラインとしてフィンエアーがあるが、こちらも改造した機体は2機だ。その後、ルフトハンザがA330を4機、腰掛を取り払って貨物輸送に転用するとの報もあった。
よくよく考えれば、それも無理からぬことと理解できる。その理由は何か。
確かに、腰掛を取り払えば広々した空間を確保できるように思えるのだが、そこに貨物を積み込んで飛ばそうとすると、大きく分けて2つの問題がある。
まず、貨物の出し入れ。元が旅客型だから、客室に出入りするための扉は人間が通れるだけのサイズしかない。これが貨物型ならちゃんと大型の扉を設けているが、旅客型にはそれがない。すると、どんなに機内のスペースが大きくても、側扉を通って出し入れできる貨物しか搭載できない。
次に、積み込んだ貨物の移動と固定。貨物型ならコンテナの前後移動を容易にするためのローラーを床面に設けてあるが、旅客型の客室床面には腰掛を固定するためのレールが走っているだけだ。つまり、貨物の揚搭はすべて人手でやるしかない。
しかも、積み込んだ貨物を固定するためのカーゴフックや、荷崩れを防止するためのネットを取り付ける仕掛けがない。コンテナを使用しないリージョナル機の貨物室、あるいは大型旅客機のバラ積み貨物室では荷崩れ防止用のネットを設置できるようになっているが、もともと人を乗せるための客室にそんなものはない。
かといって、飛行中に積荷が動いたり、荷崩れしたりすれば、危険だ。貨物が動いたせいで機体の重量バランスを崩すことになれば、機体の安定に関わる一大事となる。
エアカナダが旅客型777で貨物輸送を行う際に、この辺の課題をどう解決したかが興味あるところだが、積荷の選択と搭載方法の双方で、なにかしらの妥協があったと思われる。かさばらず、軽い荷物に限定して、荷崩れ防止用のネットを仮設する、というのが現実的なところか。
実のところ、旅客型でも床下には貨物室があり、ワイドボディ機なら床下貨物室にコンテナを搭載できる。すると、客室には手をつけず、床下の貨物室だけを使って貨物便として飛ばす方が現実的ではないだろうか。それなら手持ちの機材・資材とノウハウで問題なく運航できる。
なお、ANAは中国からの貨物輸送量増大を図るため、787の客室はそのまま使い、エコノミークラスの腰掛に段ボール箱を載せてシートベルトで固定する方法を4月22日から導入した。最初のフライトで客室に積み込んだ段ボール箱は183個だという。
腰掛に載るサイズの箱しか積めないという制約はあるが、機体に手を入れずに済むので、これは理に適った方法といえる。
また、JALも同じ週から客室への貨物搭載を始めたが、こちらは腰掛を使用するのではなく、頭上のオーバーヘッド・ストウェージに積み込む方法を用いている。これなら固定の問題は起こらないが、機内持ち込み可能サイズのものでなければ運べない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。