なんとなく、軍民を問わず「パイロットの養成は自前でやっている」という先入観があるものだが、そういうわけでもないみたい。というのが今回のお話。
餅は餅屋
パイロット養成を自前で行おうとすると、「施設」と「教官」と「訓練課程」が必要になる。施設はともかく、教官は然るべき経験を積んで、然るべきトレーニングを受けた人でなければ務まらない。訓練課程にしても、どういう内容のカリキュラムを組んで、どれぐらい時間をかけて、習熟度をどう検証すれば良いかがわかっていなければ作成できない。だから、相応のノウハウと経験が必要になる。
だから、自前でパイロットを養成できる体制を構築するのは、意外と時間・手間・費用を要する。その一方で、航空機のシステムは高度化する一方だ。そこで「餅は餅屋」という考え方が出てきた。然るべき施設と人材とノウハウを持った民間の専門企業に、パイロット養成訓練を委託しても良いのではないか、というわけ。
例えば、米国防総省の契約情報を見ていると、時々、パイロット訓練の外部委託に関する案件が含まれている。よく名前が出てくる会社といえば、フライトセーフティ・サービセス(FlightSafety Services Corp.)、フライトセーフティ・インターナショナル(FlightSafety International)、CAE USAといったところ。
これらのうち、CAE USAは、フライト・シミュレータ大手の1つ、カナダのCAE社の米国現地法人だ。シミュレータを作るメーカーなら飛行機のことはちゃんとわかっているし(そうでなければシミュレーションができない)、シミュレータの出番である訓練課程についても知見がある。それなら、シミュレータというハードウェアを納入するだけでなく、そのシミュレータを使う訓練まで手掛けるのは、自然な成り行きといえる。
具体的な事例
CAEはイタリアのレオナルド(Leonard Sp.A。旧社名フィンメカニカ)と組んで、ローターシム(Rotorsim)という施設を運用している。もともとイタリアにあった訓練施設で、ヘリコプター(回転翼機)のパイロットをシミュレーション訓練によって養成するのが社名の由来。これが2019年にオランダに移転して、オランダ軍向けにNH90のパイロット養成を請け負っている。
そのCAEはインドでも、地元のヒンドスタン航空機(HAL : Hindustan Aeronautics Ltd.)と組んで、HATSOFF(Helicopter Academy to Train by Simulation of Flying)というシミュレーション訓練施設を開設している。こちらは、ユーロコプターAS365 N3ドーファンに対応するシミュレータを設置して訓練を請け負う施設。
日本でも、エアバス・ヘリコプターズ・ジャパンが神戸の事業所にEC135P2+用のシミュレータを据え付けて運用しており、座学や実技訓練などと併せたパイロット訓練事業を展開している。機体を売ったり整備したりするだけでなく、それを扱うパイロットの訓練まで、まとめて面倒を見ますというわけだ。
エアバス・ヘリコプターズ・ジャパンは、機体メーカーが自前で訓練ソリューションを提供している事例だが、機体メーカーの下に訓練業務を手掛ける企業が副契約社として入り、訓練に関わるパートを受託する事例もある。
もう10年近く前の話なので、今では状況が変わっているかもしれないが、CAE USAがアーカンソー州のリトルロック空軍基地に人員を派遣して、C-130輸送機の搭乗員訓練に関わる業務を実施していたことがあった。C-130はロッキード・マーティンの製品だから、主契約社は同社だ。しかし、訓練については専門のCAE USAが、ロッキード・マーティンから副契約社として参画していたわけだ。
練習機は訓練システムの一部
軍事航空の世界では、新型機の納入に際して機体だけ納品するのではなく、地上での訓練体系も含めた総合的なソリューションを構築する事例が増えている。特に練習機の分野はそうだ。なぜかといえば、練習機では操縦訓練そのものが機体の任務になるからだろう。
ボーイングとサーブが米空軍から契約を得て開発を進めている、新型の高等ジェット練習機T-7Aレッドホークは、その一例。計画名称はT-Xというが、これは単に機体だけ納入する案件ではなく、訓練システムまで含めた、包括的な訓練ソリューション案件である(機体が351機、シミュレータが46基)。
極端な言い方をすれば、練習機は主役ではなく、「訓練システムを構成するパーツのひとつ」なのだ。そして、訓練システムを構成するその他のパーツとして、座学やシミュレータ訓練も含む、という方が実態に即している。
そのボーイングとT-X計画で競合したBAEシステムズも同様に、ホーク練習機だけでなく、訓練環境も含めた提案をしていた。こちらが組んだ訓練環境担当メーカーは、前回にも名前が出てきたL-3リンクだ。また、イタリア製のM-346マスター練習機を提案していたゼネラル・ダイナミクスは、シミュレータ大手のCAEをチームに加えていた。
機体ができてからおもむろに「では、シミュレータも作りましょう」ではなく、機体の開発と同時並行的にシミュレータも開発する。こうすると開発の効率が向上すると期待できるし、機体の仕様をシミュレータに反映させる際の作業も円滑になりそうだ。
ただし、開発途中で機体の仕様がコロコロ変わるようなことになると、シミュレータの担当部門もそれに振り回されることになってしまうけれど。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。