これまで航空機の外部塗装をテーマに5回お届けしてきたが、今回は(半ば苦し紛れに?)ひねり出したネタで、「こんな塗装の使い方もあるよ」という話についてまとめてみた。
フォールス・キャノピー
英語ではfalse canopyと書く。素直に日本語に訳すと「贋キャノピー」だが、意味としては「欺瞞キャノピー」というほうが正しい。
どんな飛行機でも、操縦席は機体の上面側に付いている。下面側に操縦席が付いていて、上方を見上げることができない飛行機なんてあっただろうか? ということは、飛行機の裏表を判別する材料の1つに、その操縦席の位置がある、という話になる。
旅客機の場合、ガタイが大きい一方で操縦席の窓は小さいし、そもそも裏表を区別する必然性もない。旅客機は裏返し(インバーテッド)になって飛んだりしない。
ところが、戦闘機は事情が異なる。近接格闘戦にもつれ込んだ時は、相手の機体の位置、向き、動きを瞬間的に読み取る必要があるし、その際にキャノピーの有無は1つの参考情報になる。キャノピーが見えるということは、相手機はこちらに背中を向けているということだ。
「では、本来のキャノピーの裏側にあたる胴体下面に、キャノピーそっくりの塗装を施してしまえば、相手は裏表の判断を誤ってくれるかもしれないよね?」という考え方から出てきたのが、フォールス・キャノピー。
だいぶ前から、カナダ空軍のCF-18ホーネットがこれを多用していたが、他国にも使用事例がある。ただ、裏表で形状が露骨に違う機体では効果が薄い、と思われているのか、使用している機種には限りがあるようだ。
アンチグレア
すべての機体で行っているわけではないのだが、操縦席の前方・機首上面をつや消しの濃色で塗装している事例は、案外と頻繁に見られる。これがアンチグレアと呼ばれているもの。
目的は、機首上面で太陽光が反射して視界を妨げる事態を防ぐこと。だから、アンチグレアはツヤ消し塗装にしなければならない。ツヤありの塗装では、それが反射源になってしまう。
もっとも、軍用機は機首上面に限らず、機体のどこでも反射してもらいたくないから、全面ツヤ消し塗装が一般的であり、あえて機首上面だけ反射防止のツヤ消し塗装にする必然性は薄くなっている。
熱対策
普通に塗装を施している機体でも、高温の排気ガスを浴びる部分だけ、塗装を省略していることがある。
わかりやすいところだと、ボーイング787やエアバスA350の胴体後端部は、APU(Auxiliary Power Unit)の排気口があるので、その周囲だけ無塗装になっている。ボーイング777は胴体後端の左側面にAPUの排気口が付いているが、その開口部から尾端に向けて扇形に、無塗装になった部分がある。
また、F-4ファントム戦闘機は後部胴体下面、エンジンの排気に接する部分だけ、無塗装になっている。この部分は、耐熱性に優れた金属素材を使用している。
もっとも、APUの排気口があれば必ず無塗装かというと、そういうわけでもない。F-35は高温の排気ガスが出る部分でも、ちゃんと開口部の周囲にステルス・コーティングを施している。
エンジンやAPUの排気ガスは自ら発する熱源だが、外部で突発的に高温の熱源が発生する場合もある。それは核爆弾を投下して、それが起爆したとき。
そこで、核爆弾を搭載する爆撃機の中には、機体の下面を白く塗装していたものもあった。濃色だとモロに熱を吸収してしまうので、それを避けるために白く塗ったわけだ。ただ、そんな仕掛けが必要になるのは、自由落下型の核爆弾を投下する場合に限られる。
そのうち、仮想敵国の防空網が強力になり、自由落下型の核爆弾を搭載して目標上空まで到達するのは無理、という時代がやってきた。すると今度は、防空網のカバー範囲外から核弾頭付きのミサイルを撃ち込むようになった。それなら自機の近くで核爆発が起きるわけではないから、高温にさらされることもなくなる。その結果として、「核爆発対策の白い塗装」は廃れた。
それなのに、昔の試作機が白く塗られていた時代の名残なのか、B-1B爆撃機に「死の白鳥」なんていう渾名をでっち上げる人がいる。白塗装だったのは、4機あったB-1Aのうち最初の3機だけで、B-1Bで白く塗られた機体はいなかったはず。
試験用の塗装
クルマにダミー人形を乗せて衝突試験を行った模様を撮影した写真や動画を見ると、なにやら点々とマーキングが施されている。航空機の分野でも、似たようなマーキングを施している事例がある。例えば、これ。
戦闘機では、胴体や主翼の下面などに搭載した兵装が意図した通りに、正しく分離・投下できるかどうかを確認するための飛行試験が行われる。投下の際には、その模様を随伴機から撮影して検証や記録に用いるが、その際には機体や兵装の動き、相互の位置関係を把握するための参照点が必要になる。そこで、その参照点になるようなマーキングを施した機体が登場するというわけ。
なお、いきなり飛んでいる機体が投下して分離試験を行う、なんていう乱暴なマネはしない。まず地上で静止した機体を使ってテストしたり、風洞試験を行って空気の流れを確認したりする。実機で実際に投下してみるのは、地上や風洞などでの検証が済んで、最終段階まで話が進んだときの話。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。