これまで2回(第204回第205回)にわたり、日本航空傘下のLCC(Low Cost Carrier)「ZIPAIR TOKYO」で使用するボーイング787-8が、ベースとなった日本航空の国際線仕様787-8とどう違うか、という話を取り上げている。今回は、機内食、トイレ、エンターテインメントサービスを紹介しよう。

  • 報道公開の後は、JA822Jによる乗員の訓練飛行が、成田を拠点として行われている 撮影:井上孝司

    報道公開の後は、JA822Jによる乗員の訓練飛行が、成田を拠点として行われている

供食サービスの簡略化とギャレーの削減

FSC(Full Service Carrier)では、ある程度の距離がある路線になると、機内食は「必ず出るもの」と決まっているが、LCCは機内食を有料オプションにしている。

まず、事前に申し込みを受け付ける有料オプションにすれば、所要数が先にわかるから廃棄ロスが減る。次に、有料オプションにすれば選択しない旅客も相当数いるだろうから、その分だけ所要が減る。機内食の所要や無駄が減れば機体が軽くなるし、収益性を改善する役にも立つ。

そして、機内食サービスを簡略化すれば、ギャレーの設備所要が減る。すると、そのスペースをシート設置に回すことができる。そこで、具体的な数字を見ながら比較してみる。

同じ日本航空の787-8でも、国内線仕様のコンフィグE21では、ギャレーは最前部と最後部、それとクラスJ客室の右側、合計3カ所しかない。ちゃんとした食事を出すのは最前部のファーストクラス5名だけだから、ギャレーの負担は少ない。

それに対して、国際線仕様のコンフィグE03では、ビジネスクラスの前後、2区画に分かれたエコノミークラスの中間、そして最後部と、4カ所にギャレーがある。国際線では全員に1~2回の食事を出すし、ビジネスクラスでは食事が凝っているから、それだけギャレーの所要が増える。

では、ZIPAIR TOKYOの機体はどうか。ギャレーは最前部のR1ドア付近、L2/R2ドアの中間、最後部の3カ所だ。これでも、600食ほど搭載できるキャパを持たせてあるという。全員が2食ずつ食べられる計算だが、長距離国際線ならそれぐらいは要る。

それでもギャレーが1カ所減っているわけだから、その分だけシートを多く設置できる。

  • R1ドア付近に設けられた前部ギャレー。JAL仕様機よりも数は減っているが、設備はLCCだろうがFSCだろうが違いはない

    R1ドア付近に設けられた前部ギャレー。JAL仕様機よりも数は減っているが、設備はLCCだろうがFSCだろうが違いはない

ラバトリーを巡る工夫

供食サービスの簡素化でギャレーは減らせるが、ラバトリーを減らすわけにはいかないだろう。ZIPAIR TOKYOは他の日本のLCCと異なり、中・長距離国際線を目指すのだから、なおさらだ(国際線のエコノミークラスで、ラバトリーが空くのを待った経験がある方は少なくないだろう)。むしろ、定員が増えている分だけラバトリーも増やしたいぐらいだが、さすがにそうも行かないようだ。

コンフィグE03では、ラバトリーはL1ドア前部に1カ所、L2/R2ドア前部にそれぞれ1カ所、L3/R3ドア前部にそれぞれ2カ所、合計7カ所ある。

ZIPAIR TOKYOの機体も同じ7ヶ所だが、配置は違う。L1ドア前部に1ヶ所、L2/R2ドア前部にそれぞれ2カ所、最後部に2カ所だ。L3/R3ドア付近のギャレーとラバトリーを取り払ってしまったので、L2/R2ドア付近から後方まで見通せるのが特徴になっている。

L2/R2ドア前部に合計4カ所のラバトリーがあるが、このうち窓側の2ヶ所は通常型。内側の2カ所は仕切壁を開いて連結できるタイプ。これが実は、車椅子対応の大型ラバトリーを兼ねる仕組みになっている。ただし、仕切壁を開けるには客室乗務員にお願いする必要があるそうだ。

  • バリアフリー対応の大型ラバトリーを設置する代わりに、通常型ラバトリーを連結してバリアフリー対応にしている。これもスペースを節約する工夫の1つか

    バリアフリー対応の大型ラバトリーを設置する代わりに、通常型ラバトリーを連結してバリアフリー対応にしている。これもスペースを節約する工夫の1つか

こうすると、通常より占有スペースが大きい車椅子対応ラバトリーを常設する必要がなく、バリアフリーに配慮しつつもラバトリーの数を稼ぐことができる。実は、同じ仕掛けをA350-1000のデモツアー機で見たことがある(詳細は、「実機で確認! エアバスA350-1000に見る最新旅客機のメカニズム(1)を参照)

IFEの省略と軽量化の効果

IFEとはIn-Flight Entertainmentの略で、映画や音楽などのサービスを指す。FSCでは、エコノミークラスでも全席に個人用画面を設けるのが普通であり、しかも画面のサイズアップやコンテンツの充実を競う傾向がある。しかし、LCCではIFEなどは「もってのほか」だ。

ZIPAIR TOKYOも例外ではなく、すべての席に個人用画面はない。私物のスマートフォンやタブレットを持ち込んで、それを使ってくださいというわけだ。その代わり、存分に使えるように全席が電源付き。しかも、インターネット接続用のWi-Fiサービスも用意するという。元の機体に付いていたものをそのまま使っているわけだ。

IFEを設置すればコンテンツを用意するコストがかかるし、IFEの機器が重量増加の要素になる。報道公開の席で伺ったところ、IFEの機材は1席につき、ディスプレイで1.8kg、配線を合わせると2kgになるという。それが290人分なら580kgだ。これは無視できない重量である。

背ズリを薄くするとともに足下スペースを拡大するため、「安全のしおり」や機内誌、機内販売カタログといった冊子を入れるラックを上のほうに移設している事例もあるが、ZIPAIR TOKYOの機体ではやっていない。IFEの画面がなくなった場所はただの空き地である。既製品のシートを活用したためだろうか。

  • IFEのディスプレイを取り払った場所は、そのまま空き地になっている。その下にあるのが、スマートフォンやタブレットを立てるためのホルダーで、カップホルダーも併設している

    IFEのディスプレイを取り払った場所は、そのまま空き地になっている。その下にあるのが、スマートフォンやタブレットを立てるためのホルダーで、カップホルダーも併設している

極端なところでは、「シートピッチが狭いと、背ズリをリクライニングさせた時に後ろの人が窮屈な思いをする。それならいっそ、リクライニングしない固定型にしてしまえ」という事例もあるが、さすがに、ZIPAIR TOKYOではそんな無茶はしていない。確かに、シートの構造がシンプルになるから軽くなる上に整備コストが減るが、中・長距離国際線で固定式の背ズリとなると辛い。

そのほかのコスト削減策

さて、上記以外にも、LCCならではの特徴がある。まず、荷物の収益化だ。LCCにおいて、機内持ち込み荷物の重量制限が厳しいのは周知の事実。追加料金不要で持ち込める上限が7kgでは、重いカメラ機材をごっそり持ち込む筆者は追加料金必須である。

つまり、機内持ち込み荷物の重量制限や預託手荷物の別料金化は、収益アップの手段の1つ。上級会員になるほど預託手荷物の上限を優遇するFSCとは真逆の世界がそこにある。

このほか、営業・販売コストを下げるためにネット販売を主体にするとか、ややこしいマイレージ・サービスはやらないとか、簡素化したターミナルを利用したり、PBB(Passenger Boarding Bridge)の利用を避けたりすることで空港施設の利用にかかるコストを下げるとか、フリートの機種を統一することで整備や訓練に関わるコストを抑えるとか、1人で複数の職種を受け持つことで人手の所要を抑制するとかいう話もある。

しかし、この辺は機体の仕様に直接関わってくる話ではないので、本稿では割愛した。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。