機内騒音にまつわる話の締めくくりとして、ボンバルディアDHC8のうちQシリーズ(略してボンQ)が装備する、騒音・振動低減技術を取り上げてみよう。

ノイズキャンセリングとは方法が違う「NVS」

ノイズキャンセリング・ヘッドホンについては、すでに書いた。外部の騒音を調べて、意図的にそれと逆位相の音響を発生させることで、両者が干渉して打ち消し合うから結果的に静かになる、という理屈だ。11月~12月にかけての2度の渡米に連れて行って、機内でおおいに威力を発揮してくれた。

ただし、この機能は通常、ヘッドホンやイヤホンに組み込んで使用するものである。したがって、ノイズキャンセリング機能を備えるヘッドホンやイヤホンを持っている人だけが、騒音低減の恩恵に浴することができる。

ところが、DHC-8のうちQシリーズが1996年に導入したNVS(Noise and Vibration Suppression system)は、原理は同じだが動作機構が違う。そして、機内に乗っている人・すべてが恩恵に浴することができる、という特徴がある。

  • 日本エアコミューター(JAC)の機体が引退したので、本州で見られる日本のエアラインのボンQはANAグループだけになってしまった

そこで調べ始めてみたが、日本国内のWebサイトでは「QシリーズはNVSが付いていて快適です」と書いているものばかりで、具体的にどうやって騒音・振動を打ち消しているかがよくわからなかった。しかし、さらに調べ回っていたら、ようやく見えてきた。

まず、機内に仕掛けたマイクロホンで機内の音を拾う。これは一般的なノイズキャンセリング機構と同じである。ところがNVSはそれに加えて、プロペラの回転数に関する情報も取り込んでいる。

そして、機内騒音やプロペラ回転数のデータに基づいて、能動的に振動を引き起こすことで、騒音・振動の打ち消しを図るのだという。振動の打ち消しはわかるが、なぜ騒音も減るのか。

機体構造に対して能動的に仕掛けをする

大気中の音の伝搬とは要するに、空気の振動である。音の発生源と、その音を聞き取る側の間にあるのが空気だけなら、その空気の振動だけが問題になる。

ところが、飛行機の機内とはすなわち胴体構造の内側だから、主たる騒音発生源のエンジンと機内の間には、空気だけでなく機体構造や外板や内装材も位置することになる。ということは、外部からの騒音はダイレクトに空気の振動として伝搬しているわけではなく、窓や機体構造材の振動を介しているはずだ。

実際、屋内で行われている会話を盗聴するために窓ガラスに盗聴器を仕掛ける、なんて話があるが、これは屋内の会話によって発生する窓ガラスの微細な振動を聴知するものである。

振動を拾うのに、わざわざターゲットの窓ガラスのところまで出張る必要はなく、離れたところからレーザーを使って距離を連続的に測る方法を用いている。室内の音響によって窓ガラスが振動するのなら、外部の騒音によって機体構造や窓が振動するのも理解できる。

ということは、騒音や振動に関するデータを得た上で、コンピュータで振動発生装置をコントロールして、機体の構造材などに対して微妙な逆位相の振動を加えてやれば、外部から侵入してくる騒音や振動を低減する効果があるのではないか? というところが、NVSの基本的な考えであるようだ。

そこで、機体にATVA(Active Tuned Vibration Absorber)という装置を取り付けてあり、これがNVS用コンピュータからの指令を受けて、能動的に逆位相の振動を起こすのだそうだ。

なお、NVSに加えて、ANVS(Active Noise and Vibration Suppression)システムという名称もある。この用語はボンバルディア社のマニュアルに出てきたものだから、こちらが正式な名称なのだろうか。コックピットの計器盤には、このANVSの作動/不作動を示す表示灯と、オン/オフを切り替えるスイッチ、そして一時停止させるスイッチがある。

参考 :Quiet revolution (FlightGlobal)

設計や試験はどうだったんだろう?

基本的な考え方や動作はわかった。しかし、機体に対して能動的に振動を加える、というのはあまり前例のないことだ。すると、機体構造の設計や試験(特に疲労試験)では、従来と同じ考え方、同じやり方で済んだのだろうか、という新たな疑問が出てきてしまった。

もちろん、実際に試験飛行を行い、型式証明を取得して飛んでいるのだから、安全性を検証するプロセスは経てきている。VNS/ANVSやATVAがあるから危ない、という意味ではない。「VNS/ANVSやATVAの存在を前提とした試験が求められたのではないか?」というだけの話なので、お間違いのなきよう。

  • 琉球エアコミューター(RAC)のボンQは、客室後方に貨物室を設けた貨客混載型。振動が減れば貨物にも優しい?

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。