本連載では過去に第64回から第73回にかけて、垂直離着陸(VTOL : Vertical Take-Off and Landing)と短距離離着陸(STOL : Short Take-Off and Landing)を取り上げている。ここで、改めてF-35Bに的を絞り、以前には触れなかった話も交えながら書いてみよう。

F-35Bとはどんな機体?

そもそも、なぜ改めてF-35Bについて書こうと考えたのか。まず、防衛省が8月16日に、F-35Bの採用を正式に決定、続いて2020年度(令和2年度)の概算要求にも載る状況になったことが挙げられる。また、以前の記事を書いた後で、筆者自身がF-35Bのフライトを生で、間近で見る機会を得られた事情もある。

まず、おさらい。F-35Bとはどんな機体なのか。

F-35ライトニングIIは、統合攻撃戦闘機(JSF : Joint Strike Fighter)計画の下で開発された機体だが、その特徴は、以下の3モデルを同時並行開発した点にある。

  • F-35A : 通常離着陸型(CTOL : Conventional Take-off and Landing)
  • F-35B : 短距離離陸・垂直着陸型(STOVL : Short Take-Off anad Vertical Landing)
  • F-35C : 空母搭載型(CV)

ちなみに、CVとは米海軍における航空母艦の艦種記号で、Vには翼を表す象形文字という意味があるそうだ。

F-35A/B/Cとも基本的な外形は共通だが、F-35BはSTOVLを実現するためにエンジンが異なるほか、リフトファン、推力偏向ノズル、ロールポストといった装備が加わる(第69回を参照)。F-35Cは空母からの発着という要件を満たすために離着陸速度を抑える必要があり、主翼が他の2モデルより大型化され、併せて主翼折り畳み機構が加わっている。

  • 米海兵隊のF-35B。広角レンズのせいもあり、比較的スマートに見えるが、角度によって印象ががらりと変わる機体でもある

    米海兵隊のF-35B。広角レンズのせいもあり、比較的スマートに見えるが、角度によって印象ががらりと変わる機体でもある

とはいえ、基本的な設計は共通だし、開発や試験に手間と費用を要するミッション・システム(センサー機器やコンピュータなど)も共用化している。だから探知・情報処理能力の面では3モデルとも同等である。

よって、F-35Bの戦闘能力は基本的にF-35A/Cに近いのだが、搭載できる兵装が制約されるのが相違点。具体的にいうと、F-35A/Cは2,000lb(907kg)級の誘導爆弾を内蔵できるが、F-35Bは1,000lb(454kg)止まりとなっている。これは、機内兵器倉のサイズが少し小さいため。

実機を見ると、機内兵器倉の後端が前進して、前後長が短くなっているのがわかる。F-35Aでは右舷側の機内兵器倉後端が、その後ろにあるフレア・ディスペンサー収納部の扉と隣接しているが、F-35Bでは両者の間に少し空きがある。これは飛んでいる実機の写真を撮って比較することで、初めて確認できた。

F-35BはSTOVL運用が基本

F-35Bは、兵装を積まず、燃料の搭載量を抑えれば垂直離陸もできる。だが、それでは「武器」として現実的ではないので、STOVL形態で運用する、という話は第69回で書いた。

燃料と武器を満載した状態で短距離滑走離陸を行って任務に向かい、空荷で帰ってきたときには垂直着艦を行う。ただし陸上では、垂直着陸を行うと舗装が傷むから、垂直着陸ではなく短距離着陸を使うようだ。

ミラマー海兵航空基地のエアショーで展示飛行を終えたF-35Bは、短距離着陸を行っていた。気温が高くてメラメラがひどい上に逆光で、まともな写真とはいいがたいのだが、一応、手元にそのときの写真はある。

  • 短距離着陸を行うF-35B(1)。リフトファン上下の扉が開いていて、かつ排気ノズルが下を向いていることから、STOVL形態になっていることがわかる

  • 短距離着陸を行うF-35B(2)。接地したと思ったら、たちまち停止してしまった

陸上でも短距離離着陸ができるということは、「艦上運用が可能」というだけでなく、「敵の攻撃で滑走路が壊された飛行場からでも運用しやすい」という利点につながる。とりあえず、短距離離着陸ができる程度の長さだけ、滑走路を復旧すれば済むからだ。

スキージャンプは必須ではない

実は、海上自衛隊の「いずも」型護衛艦と、米海軍の強襲揚陸艦は、サイズがあまり違わない。具体的な数字はこうだ。

  • 「いずも」型ヘリコプター護衛艦 : 全長248m、全幅38m
  • 「ワスプ」級強襲揚陸艦 : 全長258.2m、全幅42.7m

そして、スキージャンプがない米海軍の強襲揚陸艦でも、F-35Bは普通にSTOVL運用を行っている。だから、これぐらいの規模がある艦なら、スキージャンプは必須ではないともいえる。

スキージャンプが付いている方が「それらしく」見えるのは事実。しかし、スキージャンプを設けたスペースは他の用途に使えなくなってしまう、あるいは使えたとしても使いづらい、というネガもある。

下の写真は英海軍のV/STOL空母「イラストリアス」で撮影したもの。スキージャンプ上にシーハリアーFA.2を駐機して、ずり落ちないようにチェーンで固定してある。注目したいのは、そのスキージャンプの側面にハッチが付いていること。このことから、内部空間を何かに利用しているのは分かるが、こんな空間では使いづらいだろう。

  • 英海軍の「イラストリアス」艦上で、スキージャンプ上に駐機したシーハリアーFA.2

ちなみに、「イラストリアス」はインヴィンシブル級の2番艦。同級は全長210m、全幅36mという寸法で、海上自衛隊の「ひゅうが」型ヘリコプター護衛艦(全長197m、全幅33m)よりひとまわり大きいぐらい。ただし艦内配置の関係で、格納庫は「ひゅうが」型の方が広く感じられた(一応、どちらも生で見ている)。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。