ここまで8回にわたり「飛行機とお天気」について論じてきたが、今回も続きといきたい。
正確には「お天気」の話ではないが、飛行機の運用環境にまつわる話ではある。と強引にこじつけて、今回のお題は「砂漠」だ。砂漠もお天気の影響を受ける。なお、砂漠といっても千差万別だが、最も一般的に想起されやすい「砂地の砂漠」という前提で。
砂漠の嵐
1990年8月に勃発したイラクのクウェート侵攻、それに続く湾岸危機と「砂漠の盾」作戦、そして1991年に入ってから勃発した湾岸戦争。若い方にとっては、すでに「歴史上の出来事」になってしまっているような気がするが。
この一連の流れの中で、「多国籍軍が砂漠でまともに戦えるのかね?」と疑問視する声が少なくなかった。戦車にしろ戦闘機にしろヘリコプターにしろ、ハイテクを駆使した製品であることは知られている。特に、飛行機は精密機械である。なんて書くと、戦車乗りや艦艇乗組員に叱られそうだけれど。
それが、砂塵が立ちこめたり砂嵐が発生したりするようなコンディションで、ちゃんと機能するのかどうか。疑問に思うのも無理はない。本連載のお題は飛行機だから、飛行機の話に特化して書くが、具体的に砂漠でもたらされる悪影響にはどんなものがあるだろう。
真っ先に考えるのはエンジンだろう。前回、火山灰とエンジンの関わりについて取り上げたが、砂漠の砂だってエンジンに良い影響をもたらしそうにはない。粒子が小さいから、コンプレッサーやタービンのブレードをへし折ってしまうようなことはないにしても、軸受部分に砂塵が入り込んだら、良い影響はないだろう。
第2次世界大戦の時、北アフリカの砂漠地帯などに展開した軍用機が、エンジン用の空気取入口に防塵フィルターを取り付けていた事例がある。当時の飛行機のエンジンは、もちろんレシプロ・エンジンだ。そこで、砂塵混じりの空気がシリンダーの中に入り込んでしまえば、異常摩耗などの悪影響につながる。
それで、空気取入口にフィルターを付けていた。その分だけ吸入抵抗が増えるし、機体の外形が変わることによる抵抗増加もあるから、馬力低下と抵抗増加の相乗効果によって最高速度は落ちてしまうが、飛べなくなるよりマシである。
では、当節のジェット・エンジン(ターボファン・エンジンやターボシャフト・エンジンも含む)はどうだろうか。もちろん、設計段階から砂漠地帯での運用も考慮に入れているし、軍用ならなおのこと。
そして、「滑走路に砂塵が乗っている」「砂嵐が起きている」といった事態は考えられる。もちろん程度問題で、視界がきかなくなるぐらいの砂嵐になればフライト中止にもなるだろうが、それなりの視程を確保できていれば飛ぶかもしれない。
そこで、操縦席の窓(ガラスとは限らず、アクリル樹脂やポリカーボネート樹脂のこともある)が砂塵で傷つけば、視界を妨げてしまう。砂塵で傷つかないような材質や構造にできればよいが、まず視界の確保や耐久性を優先しなければならないから、簡単ではない。
そして、ピトー管や静圧孔の開口部に砂塵が入り込めば、機器を損傷したり、機能不全を起こしたりする危険性がある。さらに、静圧孔やピトー管が砂で詰まってしまえば、対気速度計や高度計は正しい数字を表示してくれない。それでは安全な飛行ができない。
軸受はいうまでもなく、金属同士が接触してこすれる部分(摺動部)は、砂塵が入り込まないようにシールしておく必要がある。エンジン以外では、燃料系統、潤滑系統、そして電子機器の内部にも砂塵が入り込まないようにする必要がある。
これがヘリコプターになると、地面が相応に締まっていれば、舗装していない場所での運用は当然ながらあり得る。降着装置がめり込んでしまうから、砂地で離着陸するわけにもいかないけれど。そして、離着陸の度にローターのダウンウォッシュによって砂塵が舞い上がる可能性があるから、砂塵の中で運用することは考慮に入れなければならない。
実際にはちゃんと飛んでいる
こんな具合に心配し始めればキリはないのだが、実のところ、砂塵のせいで飛行機がまったく飛べなくなったとか、可動率がガタ落ちしたとかいう話は伝えられていない。メンテナンスの手間が増えたとか、可動率がいくらか下がったとかいう程度の話ならあるだろうけれど。
1991年の湾岸戦争でも、2003年のイラク戦争でも、その他の砂漠地帯における戦争でも、事情は同じ。砂漠で戦う航空部隊は、ちゃんと環境に適応する術を知っている。
平時・戦時を問わず、砂塵を舞い上がらせながらヘリコプターが離着陸する模様を撮影した写真は、たくさん出回っている。もちろん、砂塵によって視界が妨げられる、いわゆるブラウンアウトという問題はついて回るが、それは「砂塵が機体そのものに及ぼす影響」とは別の話。
ついで だから書いておくと、そのブラウンアウト対策としては、目視に頼らず、機体の周囲をカバーするように複数の赤外線センサーを取り付けて、赤外線映像を見ながら機体を操縦する仕掛けが開発されている。
ピトー管や静圧孔は、地上に駐機している時は蓋をしたり、カバーで覆ったりして、内部に余計なものが入り込む事態を防止している。砂漠にいるときに限らず、その他の場所でも同じだ。その代わり、離陸する前には確実に、それらを外さなければならない。外し忘れると、えらいことになる。
また、砂塵が入り込むと困る場所にフィルタを取り付けるのも、基本的な対策である。するとフィルタが砂塵で目詰まりすることになるので、フィルタを定期的に交換する手順も規定しておかなければならない。
窓ガラスについては、使用しないときはカバーで覆ったり、傷が付かないような整備・清掃手順を案出したり、といった工夫をすることがある。
電子機器は、それを収容するボックス(一般的に、LRU : Line Replaceable Unitはボックス単位である)ごと取り替えるようにすれば、内部の電子部品が直接、砂塵にさらされることはなくなる。そして、ボックスそのものを防塵構造にしておく。ただし、電子機器のボックスには配線をつなぐためのコネクタが不可欠で、そこでは端子がむき出しにならざるを得ないから、ここが注意点になりそうだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。