第15回で、火山灰が原因でエンジンが停止した事故の話を取り上げた。

エンジン停止にまで至らなくても、火山の噴火が原因で飛行場が使えなくなったり、火山を避けるように迂回経路を設定せざるを得なくなったりすることがある。先月に桜島が噴火したが、桜島や新燃岳といった火山が近隣にある鹿児島空港は、国内の空港の中でも比較的、火山の影響を受けやすいかもしれない。

火山灰の何がいけないのか

火山の噴火自体は「お天気」の話ではないが、視程の悪化や火山灰の飛散といった形で飛行に影響を及ぼす。

ちなみに、火山灰とは火山からの噴出物のうち、直径が2mm以下のものを指す。灰といっても、木や紙を燃やしたときに出る灰とは別物で、ガラスの原材料となる珪素や、鉱物片、岩片といった辺りが主成分になるそうだ。

では、それによってどんな影響が生じるか。まず、噴煙や火山灰が大気中に飛散すれば、当然ながら視界が悪化する。これは分かりやすいが、それだけの話では済まない。

前述したように、火山灰の成分には珪素が含まれている。それがエンジン内部の熱で溶けて、その後に冷えると、エンジン内部に珪素が付着する。結果として、タービン・ブレードやその周囲のベーンの形状に影響を及ぼす。

ブレードやベーンの表面に付着物があれば、形状が変わってしまう。それは当然ながら空力的な影響につながるので、エンジンの機能不全、あるいは機能停止に陥る危険性がある。

また、火山灰がピトー管などの穴を塞ぐと、精確なエア・データを得られなくなって危険極まりない。これも、火山灰や火山の噴煙を避けなければならない理由の1つになる。

このほか、火山灰が機体の表面を削って傷めたり、窓ガラスを削って傷を付ける結果として視界不良になったり、といった事態も起こり得る。

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    鹿児島空港から遠望した新燃岳の噴煙(2011年1月28日撮影)

火山灰は遠くまで飛んでいく

火山の近隣だけでなく、噴出した火山灰が風によって流された結果として、遠隔地にまでトバッチリを及ぼした事例もある。

2010年に、アイスランドの火山・エイヤフィヤトラヨークトル(Eyjafjallajökull)が噴火した時は、噴出した火山灰が大西洋を隔てたヨーロッパまで流れて行ったため、あちこちの空港が閉鎖になる騒ぎにつながった。

どうしてそんなことになったのかというと、火山灰が成層圏にまで舞い上がり、それが上空の気流によってヨーロッパに拡散したため。火山灰を遠方まで飛散させるのは風だから、ここで「お天気」が関わってくることになる。

ただ、高層気象や風の予測が結果として正しければ、「火山灰が飛散する危険性が予測されるので飛行を禁止します」といっても納得してもらえる。だが、実際には予測したほど重大な事態に至らなければ、「なんだ、ちゃんと飛べるのに規制したのか」と文句をいわれるかもしれない。

しかし、それは後からだからいえることで、過小な予測をして飛行機を危険にさらすよりもはるかによいのではないだろうか。

ちなみに、エイヤフィヤトラヨークトルの噴火では、大気中の火山灰濃度に応じて規制の程度をコントロールする手段が執られた。その内訳は以下の通りだったそうだ。基準値は、1立方メートルの大気に含まれる火山灰の量で決めていた。

  • 4mg以上 : 全面飛行禁止
  • 2~4mg : 事前許可が必要
  • 0.2~2mg : 飛行時間条件遵守で飛行可能
  • 0.2mg以下 : 通常飛行可能

こうした火山灰雲の監視に加えて、拡散に関する予測・警報を担当する機関が世界の各地にあり、その1つが日本の気象庁東京航空路火山灰情報センター。火山灰情報センターは、英語ではVAAC(Volcanic Ash Advisory Center)という。

どこからどこまでが安全で、どこからどこまでが危険なのか

「火山灰がほんのちょっとでも飛散する可能性があるので、飛ぶのを止めます」といえば、影響が大きくなりすぎる。しかし、「多少の火山灰は気にしないで飛びます」といえば、それはそれで危険である。

実際、ボーイング747が飛行中に火山灰雲に突っ込んで、4基のエンジンがすべて止まってしまう事故が起きている。後で再始動できたから助かったが。

すると、「火山灰による影響にはどういうものが考えられるのか、過去にどういうトラブルの経験があるのか」「そのトラブルが発生する際の火山灰濃度はいかほどか」「機体やエンジンは、どれぐらいの火山灰濃度までなら大丈夫か」といった具合に、知見やデータを蓄積する必要がある。

それと平行して、火山灰の拡散予測、あるいは実際に拡散した火山灰の観測・計測について、精度を高める努力が求められる。実際、各方面でそういう努力が続けられている。

日本では、京都大学防災研究所が2012年から、小型飛行機を使って大気中の火山灰を観測する研究を実施した。観測機材を積み込んだ軽飛行機を鹿児島空港に待機させておいて、桜島が噴火するとなると「それっ」とばかりに飛び立ち、データをとってくるのだという。

そして、計測機材は機内に搭載して、そこに外部から取り入れた大気を通して、レーザー光の散乱を利用して大気中の火山灰の濃度を計測した由。その際に、どの位置でどの程度の濃度だったかが分からなければ仕事にならないから、GPS(Global Positioning System)で位置情報をとった。

ただし機体が軽飛行機なので、昼間の有視界飛行しかできなかったそうだ。つまり、夜間や雨天や強風になると飛べなくなってしまう。もちろん、噴煙が濃くなって視界が妨げられた場合にも、飛べなくなってしまう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。