今回は軍艦がらみのお話。

第153回第154回で、「艦上での機体のハンドリング」について説明した。しかし、それは艦上に機体を降ろしてからのこと。空母にしろ、揚陸艦にしろ、水上戦闘艦にしろ、まず艦上に機体を降ろさなければならない。

シーステート(海洋状況)

地面の上に設けられた滑走路は、動かずに安定している。例外は地震などの自然災害が起きた時ぐらいだろうが、それは例外中の例外ということでおいておく。

一方、艦上で固定翼機やヘリコプターを運用する場合は、発着用の甲板を設ける。滑走が必要になる場合は広い飛行甲板が必要だが、垂直に離着陸できるヘリコプターならそれほどのスペースは要らない。機体とメイン・ローターのサイズをベースにして、いくらか余裕を持たせたサイズのヘリ発着甲板があれば済む。

ただし問題は、その飛行甲板やヘリ発着甲板を設けた艦そのものが、海の上に浮いた状態であり、静止していないということ。海は凪いでいることもあれば、荒れることもある。海が荒れれば艦は揺れるし、艦に設けてある飛行甲板やヘリ発着甲板だって揺れる。

特にヘリコプターの場合、狭い甲板で発着するから、第154回で解説したように着艦拘束装置が必要になる。海が荒れて艦が揺れている時は、着艦拘束装置を使って強引にヘリを引き下ろすとともに艦に固定して、ヘリが転げ落ちないようにする。

その海の荒れ具合を示す指標がシーステート、日本語では海洋状況あるいは海況という。0~9までの10段階あり、波高によって区分している。

水上戦闘艦のヘリ運用能力についてメーカーなどが説明する場面では、しばしば「何トン級の機体をシーステート○まで発着させられる」といった説明をする。逆に、運用する側の海軍関係者が造船所やヘリコプターのメーカーに対して「シーステート○まで運用可能であること」と要求することも、もちろんある。

例えば、オーストリアのシーベル社が開発した無人ヘリコプター「カムコプターS-100」の艦上運用試験を2012年の春に実施した時は、シーステート3~4の条件で運用できることを確認した、という。シーステート3は波高0.5~1.25m、シーステート4は波高1.25~2.5mである。使用した艦は、イタリア海軍のソルダティ級フリゲート、ベルサリエーレ。満載排水量2,500tそこそこだから、決して大きな艦ではない。

そのシーベル社が、ドイツ海軍の艦を使ってカムコプターS-100を飛ばしたときの動画を見つけたので、紹介する。

Schiebel CAMCOPTER S-100 UAS - Maritime (Germany)

  • 無人ヘリコプター「カムコプターS-100」 写真:Schiebel

    無人ヘリコプター「カムコプターS-100」 写真:Schiebel

無論、小さな艦よりも大きな艦のほうが、荒れた海での航空機の発着を行いやすくなる(比較の問題だが)。いいかえれば、小型艦が多少荒れた海でもヘリコプターを運用できるように、ということで着艦拘束装置が考案されたわけだ。海上自衛隊の「ひゅうが」型や「いずも」型ぐらい大きな艦になると、着艦拘束装置は使わない、という話は以前にも書いた。

風の問題

艦上運用でも陸上運用と同様に、風向・風速が問題になる。ただし、陸上の滑走路は風向きに合わせて向きを変えるわけにはいかないが、艦上運用では話が違う。搭載機を発着させるときに針路を変えれば、横風は横風でなくなる。

わかりやすいのは、空母など固定翼機を発着させる艦。自力で滑走離艦する場合、カタパルトで射出する場合、あるいは着艦する場合、いずれでも艦は風上に向けて全速航行するのが基本。

米海軍の大型空母なら30kt(55.6km/h)は出せる。そして、ニミッツ級原子力空母が搭載しているC13スチーム・カタパルトは、80,000lb(36,320kg)の機体を140kt(259.28km/h)まで加速できる。さらに、向かい風なら向かい風の風速が加わる。それらの合計が、実際に機体が受ける合成風速になる。その速度が失速限界を上回っていればよろしい。

それと比べると、滑走離艦するほうが分が悪い。エンジンの出力だけで、カタパルトによるアシストがなくなる分だけ、自前のエンジンで加速しなければならない。しかし狭い艦上のことで、使える滑走距離には限りがある。

ハリアーやシーハリアー、あるいはF-35BといったV/STOL機は、垂直離着陸が可能だが、通常は短距離滑走離陸を行う。その際には、推力線を真下ではなく斜め後ろに向けて、揚力と推進力の両方を発揮させる。すると、エンジン推力のうち前後方向の分力が推進力となり、前進速度が加わる分だけ主翼が揚力を発揮してくれる。かつ、エンジン推力のうち下方向の分力が機体を支えるから、その分だけ揚力の所要が減って失速限界が下がる。

さらにそれをアシストしようというのが、イギリスで考案されたスキージャンプ。加速した機体が艦首から離れるときに斜め上に放り出すことで、機体の落ち込みを抑えて、エアボーンした後で加速するための時間の余裕を稼ぐ。

なんにしても、向かい風が強く、艦の行き脚が速い方が、合成風速を稼げる。その分だけ失速しにくくなるし、その余裕を燃料・兵装の搭載量増加につなげることもできる。

  • 英空母「クイーン・エリザベス」の艦首に設けたスキージャンプを用いて発艦する、F-35B 写真: DoD

風も波も程度問題

ただし、風については程度問題で、あまりにも強い風が荒れ狂っていると、艦は揺れるし、発着艦時の安全を確保できなくなってしまう。

着艦する時に艦が過度に揺れていると、いろいろ具合が悪い。いよいよ接地しようかというところで艦尾が波によって持ち上がってきたら、機体が甲板に叩きつけられてしまう。逆だと、接地しようと思ったら甲板がなくて「あれれ?」ということになる。発艦の時も事情は同じ。ちょうど機体が甲板を離れたときに艦首が下がりきったら、機体が海に突っ込みかねない。

だからやはり、海洋状況によって発着艦が可能な限界が決まってしまうことになる。

このほか、ヘリコプターだと強風の時に飛び立てなくなる可能性がある。ローターは、エンジンと直結していてエンジン始動によって自動的に回り出す、というわけではない。まず、クラッチをつなぐ、エンゲージという操作を必要とする。エンゲージする前はエンジンが単独で回っていて、エンゲージすると初めてローターが回り始める。

ところが、風があまりにも強いと、風にあおられたメイン・ローター・ブレードが甲板を叩いてしまう可能性が出てくるので、エンゲージはできず、もちろん発艦もできない。というわけ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。