昨年の9月に、成田からサンティエゴに向かう飛行機に乗ったところ、気流の関係で飛行機が揺れて、ミール・サービスが中断・先送りとなった(帰りのフライトも途中で揺れに見舞われた)。また、サービス中でなくても、シートベルト着用サインが出ることもある。

気流の乱れ・いろいろ

寝ている最中にいきなり揺れ出したら面倒だから、席を立つ時以外はシートベルトを付けっぱなしにするのが筆者の習慣。それはそれとして。

地面の上で暮らしていると、風の動きは基本的に2次元である。しかし空の上に上がると事情が変わる。しかも、一定の方向に向けて一様に風が吹くとは限らない。いわゆる乱気流(タービュランス turbulence)だが、原因がいろいろあり、それによって分類されている。

例えば、建物や地形の影響によって気流が乱れることがある。特に、山に気流が当たった時に、山の風下側で発生する乱気流のことを山岳波という。山岳波が原因で起きた事故としては、1966年3月5日に富士山の南側で発生したBOAC機の空中分解事故が知られている。

富士山のように、周囲が開けた独立峰に強い風が当たると、特に顕著な山岳波が発生しやすいとされる。本州の太平洋側で暮らしていると、冬季に強い西風や北風が吹くことがあるが、これが要注意である。風上側から富士山に接近する分には山岳波の影響は受けないだろうが、風下側から接近すると話は違う。

  • コロラド州で高地山岳環境訓練に参加しているUH-60 ブラックホーク。米国陸軍は、コロラド州フォートカーソンで風と乱気流に対する高地山岳環境訓練を行っている 写真:US Army

また、上昇気流が問題になることもある。地面が局所的に熱せられると、そこで上昇気流が発生する。水平飛行中にいきなり上昇気流の中に突っ込むと、機体が急に持ち上げられることになる。もっとも、グライダーを操縦する人にとって上昇気流は、高度を稼ぐ役に立つ、ありがたい存在である。

上昇気流や下降気流は、前線が原因で発生することもある。気流だけだと目に見えないが、積乱雲みたいな雲の発生を伴っていれば、事前に予測して回避できる可能性がある。

なお、特に強い下降気流のことをダウンバーストという。地面に向けて吹き下ろしたダウンバーストは地面にぶつかると周囲に広がるが、その広がる範囲の大小によって、マイクロバーストとマクロバーストという区別がある。

ダウンバーストは、雲の中の水滴が落下する際に空気が押されて発生するものや、大気中の水が気化する際に周囲の熱を奪い、結果として気温が低下して大気密度が増すために発生するものがある。

低い高度を飛んでいる飛行機がダウンバーストに遭遇すると危険なのは、容易に理解できるだろう。それだけに、ダウンバーストを探知するための技術開発も行われている。

もう1つ、ウィンドシア(wind shear)という現象がある。シアとは剪断(せんだん)という意味だが、ある面を境にして風の向きや速度が大きく異なる状況を指す。境界となる面の向きにより、鉛直シアと水平シアがある。

水平シアとは、縦の境界面の両側でそれぞれ風の向きや速度が変わる状態。たとえば、一方で下降気流、他方で上昇気流、といった具合になる。そこに飛行機が突っ込むと、境界面を超えた時に急に持ち上げられたり、落とされたりすることになる。

鉛直シアとは、横の境界面の上下でそれぞれ風の向きや速度が変わる状態。例えば、境界面の上が東風、下が南風といった具合に方向が分かれたり、境界面の上と下で風速が違ったりする。この場合、上昇あるいは下降の途中で境界面を横切ると、機体の進路が乱されることになる。

ウィンドシアは、前線面の周囲に発生したり、ジェット気流の周囲に発生したりするという。これに対して飛行機の側にはウィンドシア警報装置というものがある。

これは、ウィンドシアに突っ込んだことを知らせる警報機能と、そこから脱出するための機首上げ指示を出す機能で構成している。ただ、むやみに機首を上げると失速してしまうから、失速までにどれぐらいの余裕があるかを示す機能を併せて用意している。

ウィンドシアから脱出するための操縦指示は姿勢指示計に現れるので、現在の機体の姿勢と、それに対してどういう操作をするかが、一目で分かる仕組み。

猫ではないCAT

ジェット気流が発生する高度は雲の上なので、いつも晴天である。そこで、異なる速度で移動している(つまり風速が異なる)空気の塊同士が衝突すると乱気流が発生する。これを晴天乱気流(CAT : Clear-Air Turbulence)という。綴りは同じだが猫とは関係ない。

現場は晴天であり、雲の存在によって気流の乱れを予察するのは無理な相談だが、乱気流の現場で発生する温度差を赤外線センサーで検出する方法や、大気密度の変化に起因する電波の散乱屈折の変化をレーダーで検知する方法があるそうだ。

ヘビーなウェーク・タービュランス

ここまで述べてきたのは自然現象だが、人為的な原因で発生する気流の問題もある。

飛行機が空を飛んでいられるのは、主翼の上面と下面で圧力差が生じているから。その圧力差によって、翼端では主翼の下面から上面に空気が回り込もうとする動きが発生する。

しかし、飛行機(と、その翼端)は常に前進しているから、空気が回り込む動きは結果として、翼端から後方に伸びる渦の発生という形になる。これをウェーク・タービュランス(wake turbulence)または後曳き渦、後方乱気流(trailing vortex)という。

ウェーク・タービュランスは、しばらくすると消える。しかし、大型機は後方に発生する渦が大きくなる傾向があるため、消えるまでに時間がかかる。だから、同じ経路を複数の飛行機が続けて飛ぶ場合、ウェーク・タービュランスが消えるまでの時間を考慮に入れて間隔をとらないと危ない。特に、大型機の後方に小型機が続く場合。

そういう事情があって、管制の現場では大型機の後ろに「ヘビー」と付けて区別している。大型機は当然ながら推力が大きいエンジンを搭載しているので、そちらによる影響もある。

  • NASAのDryden Flight Research Centerからの飛行中に、Global Hawkによって引き起こされた後流乱流を経験したB-200 King Air 写真:NASA

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。