前回は雨の話を書いたが、今回は風の話である。飛行機は離陸の際に風上に向かって滑走することでおわかりの通り、風があるほうがありがたい場面があるが、一方では風がありがたくない場面もある。
風向・風速は離着陸に影響する
飛行場の滑走路は、最も一般的な風向に合わせて設置するのが理想。北風や南風が多ければ南北方向、東風や西風が多ければ東西方向、といった具合。もちろん、用地取得時の制約があるから、常に理想的な向きにできるとは限らないけれど。
だから、斜め方向、あるいは横方向から風を受けながら離着陸することもある。その場合、風上側に機首を振って、大げさにいうと「カニの横ばい」みたいになることもある。ふと思い立って調べてみたら、YouTubeで「横風 着陸」とキーワード指定して検索すると、いろいろ出てきた。
規模の大きい飛行場では、横風用滑走路を設置していることがある。常用する滑走路とは向きが大きく違っていて、普段と異なる風向きの時にはそちらを使う。そうすると、横風の時の着陸が容易になると期待できる。ただし、横風用滑走路は常用する滑走路より短いことが間々ある。
例えば、サンフランシスコ国際空港を見ると、2本ずつの滑走路が十字型に配されている。10R/28Lと10L/28R、01R/19Lと01L/18Rという組み合わせ。以前に書いたように、滑走路の番号は磁方位だから、この数字を比較すれば、滑走路同士がなす角度がだいたいわかる。
筆者が昨年6月に訪れたパタクセントリバー海軍航空基地は、1本ずつの滑走路が十字型……というよりX型に配されている。06/24と14/32という組み合わせだが、筆者が訪れたエアショー当日は14/32だけを使用していた。
ボストンのローガン国際空港では、2方向どころか3方向に滑走路がある。09/27、04L/22Rと04R/22L、15L/33Rと15R/33Lという組み合わせ。ただし15L/33Rみたいに、他と比べてえらく短い滑走路もある。
羽田空港の場合、A滑走路(16R/32L)とC滑走路(16L/32R)がメインで、B滑走路(04/22)とD滑走路(05/23)が横風用… のように見えるが、実際の運用を見ると違っていて、全部の滑走路を総動員して離陸機と着陸機で使い分けている。そして、離着陸の向きが風向きに応じて変わる。
ただし、すべての滑走路のすべての向きで離着陸を行っているわけではない。滑走路とその向きによっては、離陸専用だったり着陸専用だったりする。例えば、B滑走路やD滑走路では南西向きの離陸はやらない。D滑走路の場合、23は南風の時の着陸専用、05は北風の時の離陸専用。
ともあれ、多少の横風なら横風用滑走路を使えば対応できるのだが、風向・風速の条件が悪くなると、安全な離着陸ができなくなる。その場合、飛行場は閉鎖となり、着陸を予定していた機体は別の飛行場にダイバート、ということも起きる。
その点、便利なのは航空母艦で、海の上を走っているから、常に風上に向けて針路を取ることができる。ただし、艦隊が目指している向きと風向きが合わないと、発着艦の間だけ逆戻りという仕儀になる。
駐機している時も風は怖い
ここまでは離着陸に関わる話だったが、実は地上に駐機している時も風には用心が必要である。
極端なところでは、ダウンバーストが発生して、駐機している機体の向きが変わったり、動いてしまったりということがある。小型で軽い機体だと、ダウンバーストまで行かなくても、普通の風でも要注意かもしれない。そのせいか、基地の一般公開イベントで地上展示機に錘を付けているのを見たことがある。
機体が動いてしまうところまでエスカレートしなくても、舵面が風でバタバタと動いてしまったり、壊されてしまったりすると困る。そこで機体によっては、ガストロックというものを用意している。
ここでいうガストとはファミレスではなく突風のことで、突風で舵面が動いてしまうことがないように固定するからガストロックという。やり方としては、操縦席の操作系を固定する方法や、舵面に物理的に介添えをして固定する方法がある。
たまに、このガストロックを外し忘れたまま離陸を始めてしまう事故が起きることがある。舵面が動かないように固定するのがガストロックだから、そのまま飛び立とうとしても舵面は動かず、当然ながら機体のコントロールはできない。
そういう事態を防ぐためにチェックリストというものがあるのだろうに――と思うのだが、なぜか実際に事故が起きている。
プロペラ機では、駐機している時にプロペラが風で回り出してしまったら危険である。大きなローターが付いているヘリコプターならなおさらだ。だから、プロペラ機やヘリコプターが駐機する時に、プロペラあるいはローターをケーブルで固定することがある。ただし、すべての機体が常にやっているというわけでもなくて、場合によるようだ。
台風避難
軍用機の場合、「台風避難」というイベントが発生することがある。つまり、基地が台風の直撃を受けそうになった時に、機体を別の基地に逃がしてしまうのである。
例えば、沖縄に台風が来るとなったときに、嘉手納基地の米空軍機が横田基地に避難してくることがある。グアム島のアンダーセン基地から日本に避難してくる事例もある。
ただしこれ、台風の進路によっては避難した時に台風が追いかけてきてしまい、さらに別の場所に避難を余儀なくされることも、あるとかないとか。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。