これまで8回にわたり、シェルター、空母、水上戦闘艦など、さまざまな格納庫に関する話を取り上げてきた。今回で最後とするが、最後だからこそ(?)、これまで取り上げてきていなかった話題や余談について書いてみたい。

アラートハンガー

航空写真を見ることができる地図サイトで航空自衛隊の戦闘機基地を見てみると、滑走路の端に近いところから行き止まりの誘導路が突き出ていて、その先に何か建物が建っているのを確認できる。

これはアラートハンガーといって、スクランブルに上がる戦闘機の待機場所。普通の格納庫と同じ造りのこともあれば、戦闘機を敵の攻撃から護る目的で、掩体と似た作りになっていることもある。

  • リトアニアのシャウレイ基地に展開してアラート待機している米空軍の F-15 写真:U.S. Air Force

スクランブルとは、いわゆる対領空侵犯措置に関連する任務。防空識別圏(ADIZ : Air Defense Identification Zone)に入ってきた飛行物体のうち、正体不明のものがいて、それが日本の領空に侵入する可能性があると判断されると、直ちに最寄りの戦闘機基地にスクランブル実施の指令が飛ぶ。

飛行機は速度が速いから、「まだ日本の領空まで数百km離れている」といっても、それぐらいの距離は簡単に詰めてしまう。そこで、領空の外側にADIZを設定して、そこを飛んでいる段階で捕捉と識別を済ませる仕組みになっている。

そして、正体不明機については必要に応じて戦闘機を差し向けて、目視で識別したり、無線で警告を発して退去を求めたりする。それでもラチがあかなければ警告射撃ということもあり得る。そうすることで、正体を明かさない不審な航空機が領空に侵入する事態を防いでいる。

そういう任務を担当する戦闘機だから、とにかく迅速に離陸させないといけない。普段の訓練任務で行うように、駐機場から滑走路の端までタキシングして離陸、なんていう悠長なことをやっている時間的余裕はない。そのため、スクランブルを担当する戦闘機を常に用意しておいて、滑走路の端に近い場所に待機させている。こうすれば、指令を受けたら直ちに飛び立つことができる。

こういう運用をするので、アラートハンガーにはパイロットや整備員の詰所も併設している。パイロットは飛行装具をすべて身につけた状態で待機していて、スクランブルの指令が来たら直ちに戦闘機に駆けつけて乗り込む仕組み。機体の点検は事前に済ませてあるので、離陸前に行う作業は必要最低限。

そんな状態だから持ち場から離れることはできず、食事もアラートハンガーの方に運んできてもらう(航空自衛隊では運搬食というらしい)。

そこで疑問が生じるかもしれない。「アラートハンガーは一方の端にしかないけれど、風向きが逆だったらどうするの?」実は、スクランブルで上がるときには風向きを無視して飛んでいく。空対空装備の戦闘機は身軽だから、向かい風がないと上がれないということはなかろうし。

また、スクランブルに上がる戦闘機は最優先だから、離陸の際には他のトラフィックはすべて後回しにされる。軍民共用の飛行場なら、民航機が待たされる可能性もある。しかし、あっという間に上がっていってしまうから、そう長いこと待たされることはない。

なお、最初のスクランブルで待機中の機体が上がって行ってしまったところに、別件のスクランブルがかかったらどうするか。ということで、後詰めの機体も待機させておく。スクランブルに上がる時は2機ペアが通例だから、後詰めのペアも含めると4機分のアラートハンガーが要ることになる。

余談だが、スクランブルといっても種類はいろいろ。直ちに離陸する「ホット・スクランブル(SC)」だけではなくて、滑走路端まで出て待機する「バトル・ステーション(BST)」や、とりあえず機体に乗り込んだ段階で待機する「コックピット・スタンバイ(C/P STBY)」という形態もある。

仮設格納庫

ここまで述べてきたのは、常設の格納庫の話が大半だった。ところが実は、仮設の格納庫やその他の機体収容設備もある。

たとえば、アメリカ空軍のステルス爆撃機「B-2Aスピリット」では、機体表面に施しているステルス・コーティングを保護したり、補修したりするために、専用の仮設格納庫設備を用意している。デリケートなステルス・コーティングが砂塵などで痛めつけられては困るし、現場で再施工する際に余計な付着物が入り込んでも困る。

  • ミズーリ州ホワイトマン空軍基地におけるステルス爆撃機「B-2Aスピリット」 写真:U.S. Air Force

といっても、この仮設格納庫はそんなに数があるものではないので、据え付ける場所は限られている。結果として、B-2Aが展開できる海外の基地も限られる、という図式になっている。当然、警備上の理由もあるだろうけれど。

また、砂漠地帯など暑い場所の飛行場では、機内の温度上昇を防ぐ目的で、仮設の格納庫や日よけの屋根を設置していることがある。夏場、炎天下にとめておいたクルマの車内はとんでもない高温になっているが、飛行機でも事情は同じ。パイロットが乗り込んだら、熱くて操縦桿に触れませんでした、なんてことになっても困る。第一、デリケートな電子機器の保護も考えないといけない。

中東諸国ならこの手の設備が必要になるのは理解しやすいが、実はアメリカ本土の基地でも使っている事例がある。アメリカでも、場所によっては最高気温が40度を突破するところがあるからだ。

このほか、仮設格納庫(屋根だけしかないものはシェルターと呼ぶこともあるが、掩体とは別物)には、意外な使い方がある。といっても軍用機に限った話だが、「偵察衛星が上空を通過しても機体が映らない」というもの。

どんな高性能のカメラを搭載した偵察衛星でも、これまでのところ、不透明な屋根を透過できるものは存在しない。だからも、見られて困るものは屋根の下に入れてしまえということになる。

格納庫はどこまで丈夫にすればよいのか?

昨年、アメリカ東海岸にハリケーン「マイケル」が来襲した時、フロリダ州のティンダル空軍基地にある格納庫が、ハリケーンの強風に耐えかねて壊されてしまった。

なんでも、「マイケル」では最大で時速155マイル(約248km/h)の風が発生したそうだ。上越新幹線の最高速度よりも速い。

困ったことに、その格納庫の中にF-22Aラプターを収容していたため、そちらも格納庫もろとも壊されてしまった。具体的な被害内容は不明だが、かなりの機体が壊されたようだ。

そこで、ティンダル基地では格納庫を再建する際、さらに強度を上げて、時速180マイル(約288km/h)の風速に耐えられるようにする考えだという。災害対策というのは大抵、過去に発生した被害をベースにして、それを越えられるように仕様を定めるものだが、こうなると自然現象とのいたちごっこである。

日本でも、屋根上に貯まった雪で格納庫の屋根が壊れて、中に収容していた機体が損傷した事例があった。他国のことだと笑ってはいられない。そもそも格納庫という建物、内部に広い空間を確保しなければならないから、構造物に高い強度を持たせるのは簡単ではないのだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。