第156回で「機体の整備は格納庫の中で実施する」という話をしたが、実際にどんな作業を行うかまでは言及していなかった。今回は、その格納庫つながりの話題で、整備に関する話を取り上げてみたい。
整備のやり方
クルマに定期的な点検があるように、飛行機にも定期的な点検がある。点検・整備をきちんと行わなければ、飛行の安全に関わる。
以前、仕事でテキサスのフォートワースに飛んだ時、帰りに乗った飛行機で読書灯の配線が間違っているというトラブルに遭った。自分の席と隣の席の配線が入れ替わっていて、自分の席のスイッチを入れると隣の席の読書灯が点く。隣の席のスイッチを入れると自分の席の読書灯が点く。
これぐらいなら笑い話で済むが、飛行の安全に関わるようなミスは見逃してはいけない。同じ配線ミスでも、飛行状態を知るためのセンサーと飛行制御コンピュータをつなぐ配線を間違えると、飛行機が墜ちる(実際、それで墜ちた事例もある)。
点検といっても、単に目視や検査装置による状態の確認だけでは終わらない。消耗品については交換が必要になるし、搭載機器は取り下ろしが必要になることもある。取り下ろした搭載機器は専門の整備工場に入れて、これまた点検や消耗品の交換や分解整備を実施する。
その作業を実施するタイミングはどうやって決めるのか。大きく分けると、「時間単位(ハードタイム)」「オンコンディション」「コンディション・モニタリング」の3種類がある。
「時間単位」とは、経過時間あるいは飛行時間を単位にして、「○○時間ごとに点検する」「○○時間ごとに交換する」というもの。クルマでいうと「オイルは半年ごとに替えましょう」みたいなものである。
「オンコンディション」とは、定期的に点検を行い、その時の状態に合わせて交換するかどうかを決めるもの。クルマでいうと、半年ごとにブレーキパッドの減り具合を見て、「規定値以下まで減ったら交換しましょう、規定値までに余裕があればそのまま」みたいなものである。
「コンディション・モニタリング」とは、定期的な点検を行う代わりに、常に動作状態などを監視する仕組みを用意して、まずくなったら交換するというもの。不具合の発生状況に関するデータを分析して、それに基づいて処理していく。
最近はHUMS (Health and Usage Monitoring Systems)といって、センサーによって機体の状況を継続的に監視するとともに、整備に必要な情報を提供する仕組みを用意している事例もある。機体にかかる負荷が大きい一方で寿命が短い戦闘機では、機体構造材にセンサーを取り付けて、実際にかかった構造負荷を監視している事例もある。
エンジンの交換が必要になったら
飛行機はエンジンがなければ飛べない。大事な搭載機器である(大事でない搭載機器というのはないけれども、そこは比較の問題で)。
日常的に行う点検や、補機類の交換ぐらいならまだしも、大がかりな点検・整備を行うとなると、エンジンを機体に積んだままでは作業性が悪そうだ。設置位置が高かったり、エンジンを覆うカウリングや配線・配管が邪魔になったりするからだ。
第2次世界大戦中に、日本陸軍がドイツからメッサーシュミットBf109戦闘機を手に入れて、飛ばしてみたことがあった。その時に日本陸軍の整備担当者が「野外でも3時間あればエンジン交換が可能」と知ってため息をついたという。
日本だとエンジンを機体に取り付けたままで整備するところ、Bf109は何百時間か飛んだらエンジンをまるごと降ろしてしまう。そして、整備済みエンジンと取り替える方式だ。降ろしたエンジンは整備工場に持っていって、点検や部品交換やオーバーホールをやる。
ただし、これが成立するには「予備エンジンの用意」だけでなく、「容易にエンジンを脱着できる構造」が求められる。
今の戦闘機も同様だから、新しい戦闘機を調達する時は、機数分に加えて余分の予備エンジンを調達しておく。その予備エンジンが整備工場に入っている分でもあり、トラブル発生時にすかさず取り替える分でもある。
取り下ろすといっても、エンジンみたいな大物になると大変だ。エンジン本体を支えておいて、機体側の支持架とエンジンの結合を解くとともに、配線・配管を外す作業が必要になる。新しいエンジンを付け直す時は、その逆になる。
だから、機体を設計する時は、エンジンの搭載方法もちゃんと考えなければならない。今のジェット旅客機みたいに、主翼の下にパイロンでエンジンを吊る方式の場合はまだしも作業はしやすそうだが、昔のジェット戦闘機は大変だった。
例えば、後部胴体をごっそり外して、露出したエンジンを引き抜く構造になっていたら手間がかかる。単に結合用のボルトを外すだけではなくて、後部胴体に付いている尾翼を操作するための索や油圧配管、電装品を作動させるための電気配線、そうしたものをいちいち外さなければならないからだ。
その点、今の戦闘機はちゃんと考えられている。機体はそのままで、エンジンだけ後ろにズボッと引き抜けるようになっている。もちろん、エンジンと機体を結ぶ配線・配管は外さなければならないが、逆に言えばそれだけで済むということ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。