前回、最後に「戦時に戦闘機などを露天で並べておくと、敵襲で壊される危険性がある」という話を書いた。今回は、そんな事態に対する備えの話をしよう。

HAS、またの名を掩体

大事な機体を露天で駐めておくから壊される。格納庫に入れても、風雨に耐えられる造りではあるものの、爆弾が落ちてきたらひとたまりもないから、これもあまり意味はない。

と思ったら、昨年、アメリカのフロリダ州にあるティンダル空軍基地で、ハリケーン「マイケル」の来襲によって格納庫が壊されて、中に入れてあったF-22ラプターが壊された事件があった。くわばらくわばら。

それはそれとして。爆弾が落ちてきても機体が壊されないようにするには、爆弾に耐えられるような構造物の中に機体をしまい込めばよい。そんな考えの下、特にヨーロッパ諸国の空軍基地では、HAS(Hardened Aircraft Shelter)と呼ばれる施設を設ける形が一般化している。ちなみに、航空自衛隊の用語では「掩体(えんたい)」という。

コンクリート製の構造物に機体をしまい込む発想が出てきたのは第2次世界大戦中の話で、日本国内でも何カ所かの陸海軍航空基地に設けられた。今でもその一部が遺構として残っている。これも「掩体」と呼ばれていた。

  • 調布飛行場の一角に残されている、第2次世界大戦中に作られた掩体。ここは大戦末期、陸軍の第244戦隊が陣取っていた

HASを直訳すると「強化された航空機用避難所」という意味になるが、避難所というよりも収容施設というほうが実態に近いか。もっとも、敵の爆撃を避けるという観点からすれば、確かに避難所ではある。

HASの基本的な構造は、内側を鉄骨で補強したアーチ型のコンクリート製構造物。それだけだと前後方向が吹き抜けになってしまうので、機体が出入りする前後の部分は頑丈なスチール製の装甲扉で塞ぐ。この扉は左右にスライドして開く仕組みになっている。

  • 韓国南部・西海岸の群山(クンサン)基地に設置されているシェルター。これの扉は一体となってスライドするタイプだが、2分割して左右両開きとするタイプもある Photo : USAF

普通、誘導路に沿ってHASを並べて配置して、そこに出入りするための通路を誘導路から個別に分岐させている。分岐した通路のどん詰まりにHASがある場合、HASは誘導路に面した側にだけ扉を設けて、バックで機体を入れる。

ところが、レイアウトによってはHASの前後に通路を設けて、通り抜けを可能にすることもある。その場合、HASの前後に扉を設ける。片側だけ使い、バックで入れて前進して出す方法だけでなく、両側を使い、片側の扉から入っていた他方の扉から出す使い方もできる。

あまり大きくすると強度の問題が出てくるので、HASは普通、1機分のサイズにする。しかし、収容する機体が小さい場合、ちょいとサイズアップして2機を収容できるHASを設ける場合もある。

また、HAS内部で火災が発生したら迅速に消し止める必要があるので、火災検知装置と消火装置を設けていることもある。そうした設備があるHASでは、内部におけるフラッシュ撮影は禁止である。

HASは国内ならどこにある?

いくら何でもヨーロッパまで見に行くのはしんどい話だが、日本国内でHASを設けている基地というと、千歳、三沢、小松、嘉手納がある。

当節では、航空写真や衛星写真を見られるWebサイトがいくつもあるから、それを使って各地の空軍基地を眺めてみるのはお薦めだ。単にHASがあるというだけでなく、一航過であっさり全滅しないように分散させたり、ランダムに並べたりしている様子が見て取れる。

個人的に感心したのは、オランダ空軍のレーワールデン基地。基地の外周に沿う形でぐるりと取り囲むように設けた誘導路があって、その誘導路に沿ってHASを散在させていた。これだと、設置してあるHASを全部つぶすのは大変だ。

HASの構造、とりわけコンクリート製アーチの厚みがわかると、どの程度の爆弾まで耐えられるかがわかってしまう。だから、ことに航空自衛隊では、HASに関する保全はシビアだ。HASがたまたま見える場所があるからといって、そちらを望遠レンズで狙うような真似をすると、監視カメラや警備兵に見つかって怒られる可能性がある。自重しよう。

といっても実際のところ、米軍の公表写真ではHASを正面から撮影したものがたくさんあるし、そうでなくても、ある程度の見当をつけることはできる。1991年の湾岸戦争では、イラクの空軍基地に設けてあったHASが多国籍軍機の攻撃目標になったが、2,000ポンド(908kg)の徹甲爆弾「BLU-109/B」は、HASを突き抜けて内部の戦闘機を破壊していた。

さらに徹底した事例、簡素な事例

さらに徹底すると、HASでは足りないとばかりに、基地に面した山の中に穴を掘って戦闘機をしまい込んでしまったり、地下に大規模な格納庫を構築して戦闘機をしまい込んでしまったり、といった仕儀となる。

前者の例としてはスウェーデンやスイス、後者の例としてはイスラエルがある。ただ、それで機体を護ることができても、出入りするための誘導路、あるいは地下と地上の境界にある坑口や扉が壊されてしまったのでは具合が悪い。そこまで考慮に入れて設計・施工しないといけない。

逆に、そんな大がかりな施設を作る場所や時間的余裕がない場合は、もっと簡素な施設で済ませることもある。

例えば、広い駐機場に全部の機体をズラッと並べる代わりに、1機ずつ間隔をおいて並べて、間を鉄板の塀、あるいは盛土で仕切る方法。これは、どれか1機が壊されて爆発・炎上しても、他の機体に累が及ばないようにするための工夫。

先に名前を出したスウェーデン、あるいは台湾などでやっている手としては、道路を滑走路代わりにする方法もある。これは「数が限られていて、場所が事前に分かっている飛行場に置いておくから狙われるので、飛行場以外の場所から分散運用してしまえ」という考えによる。

ただ、離着陸だけなら所要の直線区間がある道路を用意すればいいものの、整備、燃料補給、再武装をどうするか、という課題を解決しないといけない。また、突如として1km以上の直線部分が現れると不自然だから、「ここから戦闘機を発着させるんじゃないか?」と疑われる可能性もある。

昔の変わった事例だと、道路ではなく氷結した湖という手もあった。季節限定だが、これを実際にやったのがフィンランド空軍。なにしろ湖沼の多い国だから、冬季にそれが氷結すれば滑走路代わりにできる。それを使って戦闘機を分散、ゲリラ的に運用してソ連軍をてんてこ舞いさせた。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。