クルマを買うと、基本的に「車庫証明」(自動車保管場所証明書)が必要になる。常に走っているわけではなく、拠点となる場所に駐めておくことも少なくないから、そのための場所が必要になるのは当然の話。では、飛行機の場合はどうだろうか?
駐機場と格納庫
空港の展望デッキに行くと、ターミナルビルの前に旅客機が並んでいる様子を見ることができる。「これを全部合計したら、お値段はいくらぐらいになるんだろう」なんてことを考えてしまうことがあるが、それはそれとして。
ターミナルビル前のスポットは露天だから、駐めている機体は風雨にさらされることになる。多少の雨や風なら問題はないが、露天では具合が悪い場面もある。
わかりやすいところでは、整備・点検を行う場合がそれ。戦地に近い最前線の飛行場に軍用機が展開すると、やむにやまれず、露天の駐機場で機体を整備することもある。しかし、できれば屋内で作業をしたい。理由は簡単で、部品を外したり蓋を開けたりパネルを外したりするから。機体や機器や部品の内部に、雨水や塵埃が入り込んでは具合が悪い。飛行機は精密機械なのである。
だから、飛行機の整備・点検は専用の格納庫の中で行うのが普通だ。モノレールで羽田空港に行くと、途中で「整備場」「新整備場」という駅を通るが、どちらも駅を出たところにはエアラインなどの整備関連施設が建ち並んでいる。基本的には「業界」の人しか用がない駅だ。
もっとも、就航しているすべての空港に整備施設が必要になるわけではない。こうした施設が必要になるのは大がかりな整備を行う場面だから、拠点となる空港にだけ設けてある。
この手の整備作業は、エアラインが自前で行っている場合と、MRO(Maintenance and Repair Organization)専業の会社が請け負っている場合がある。日本だと、全日空やジャムコが出資しているMROジャパンというMRO専業の会社があり、那覇空港に整備施設を設けている。
海外だと、例えばシンガポールのSTエンジニアリングが、傘下の航空部門でMRO事業手広く展開している。同社の場合、民間機のMROだけでなく軍用機のMROも手掛けている。
露天駐機しない事例も
旅客機や貨物輸送機はガタイが大きいので、駐機の際にいちいち格納庫に入れることはしない。整備を行う場合以外は、通常は露天駐機である。しかし、台風やハリケーンが襲来すると、露天駐機したままでは機体が壊されてしまう危険があるので、別の場所にある飛行場に避難する。
日本でよくある「台風避難」としては、グアム島のアンダーセン基地に展開している米軍の大型機が、台風が来襲した時に横田基地や嘉手納基地に飛来する事例がある。
一方、戦闘機みたいな小型の機体は、基地に戻ってきたら格納庫にしまい込んでしまうのが通例。自衛隊や在日米軍基地の一般公開を訪れた経験がある方なら、機体をしまい込むための巨大格納庫がイベント会場になって、装備品展示やライブ演奏などの場になっているのを御覧になったことがあるだろう。
実戦部隊の格納庫は機能一点張りの建物で愛想もなにもあったものではないが、軍の「顔」となるアクロバットチームなら話は別。格納庫も機体と同じトーンの塗装できれいに仕立ててある。
もちろん、格納庫は機体をしまい込んで風雨や落雷から保護するだけでなく、機体を整備するための場所でもある。だから、整備用の機材が置かれていたり、機材や部品を上げ下げ・移動するためのクレーンが設けてあったりする。
この辺の事情は国によって違いがあるようで、旧ソ連やロシアでは、寒冷地の飛行場でも平気で屋外駐機している事例があるようだ。無論、キンキンに冷え込んだ真冬であっても同じである。すると、機体の側はそんな過酷な取り扱いにも耐えられるように、タフに作っておかなければならない。
ただ、平時なら天候のことだけ心配していればいいが、戦時になると話は違う。フライト前の機体を格納庫から出して駐機場に漫然と並べておいたら、敵襲に遭って壊されてしまうかもしれない。
実際、第3次中東戦争では開戦劈頭に、イスラエル空軍機がシリアやエジプトの空軍基地を奇襲して、飛び立つ前の敵機を地上で片っ端から壊してしまった。そんな事態を避けるにはどうすればいいか。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。