複数回にわたり「地上における飛行機のハンドリング」をテーマとしているが、前回は、固定翼機を運用する航空母艦を取り上げた。しかし、「飛びもの」の艦上運用ということなら、ヘリコプターのほうがはるかに普及しており、事例も多い。

似て非なる着艦拘束装置

固定翼機を運用する空母には、着艦拘束装置(arresting gear)が不可欠である。着艦用に設定したレーンに対して、直角にケーブルを張り渡して、そのケーブルに機体側の着艦拘束フックを引っかけて行き脚を止める。ただし、固定したケーブルにいきなり引っかけたら衝撃が大きすぎて機体を壊してしまうから、油圧装置などを利用して徐々にケーブルを繰り出しつつ、運動エネルギーを吸収するようになっている。

  • 着艦拘束フックでケーブルをひっかけると、こんな状態になります。という様子を見せている地上展示の例

ヘリコプターは垂直離着陸を行うものだから、そういう意味での着艦拘束装置は必要ない。しかし、広い甲板を使用できる固定翼機向けの空母と違い、ヘリコプターはずっと小型の水上戦闘艦からも運用する。

小さい艦のほうが揺れやすそうだし、ヘリ発着甲板のスペースは決して広くない。機体を降下させている最中に艦が揺れて位置がずれてしまうとか、艦が傾いてヘリコプターが舷外に滑り出るとかいうことになったら一大事。

そこで、ヘリコプターを安全に降ろすための着艦拘束装置が必要になる。機能を大きく分けると、「まだ空中にいるヘリコプターを強引に引き下ろす」機能と「着艦したヘリコプターを固定する」機能がある。このメカが登場したおかげで、駆逐艦やフリゲートといった小型の水上戦闘艦でもヘリコプターの運用が可能になった。

その手の機材の嚆矢といえるのが、カナダで考案された「ベア・トラップ」。ただし今の海上自衛隊や米海軍では、それより後にカーティス・ライト社が開発したRAST(Recovery Assist, Secure and Traverse)が広く使われている。

RASTを使用するには、ヘリコプターの側にも仕掛けが要る。それが胴体下面に組み込まれたプローブ(棒)で、必要な時にこれを突き出させる。用がない時は引っ込めてある。

例えば、プローブを突き出した状態でヘリを降下させて、RAST本体の上に降ろす。着艦したらすかさず、RASTに組み込まれたメカがプローブをくわえ込んで固定する。これで、機体が艦の揺れによって滑り出すようなことはなくなる。

もっと海が荒れている時は、強引に引き下ろす方法も使える。それにはまず、ヘリコプターの胴体下面からメッセンジャー・ケーブルを降ろして、それを艦側のテザリング・ケーブルと接続する。それをヘリコプター側で巻き上げて取り込むと、胴体下面に取り付けてあるプローブと自動的につながる。

こうしてプローブにケーブルを接続したら、艦側の操作によってケーブルを緊張させて、ヘリコプターを拘束装置に正対させる。そしてケーブルを巻き取れば、ヘリコプターはRAST本体の上に引き下ろされる。

  • RASTの本体。この下に、写真では左右方向にレールが組み込まれていて、RASTはそれに沿って移動する

ベア・トラップにしてもRASTにしても、格納庫からヘリ発着甲板にかけて甲板上に埋め込まれた移送用レールがあり、拘束装置の本体は、そのレールの上を移動する。その移動のための仕掛けは甲板の下に収まっており、この区画を海上自衛隊では「航空動力室」と呼んでいる。

だから、着艦した機体を格納庫に移動する時、あるいは格納庫に収まった機体をヘリ発着甲板に出す時は、拘束装置の本体を移動させれば良い。

日米では使われていないが、フランスで開発されたハープーン・グリッド・システムというものもある。ヘリコプターが着艦する場所の甲板に、小穴をたくさん開けた部分があり、ヘリコプターの胴体下面に設けたプローブをそこに差し込む仕組み。

穴が1つだとピンポイントで狙わなければならず、揺れている艦の上でそれをやるのは無理がある。だから穴をたくさん用意して、その中のいずれかに刺されば良い、という考え方。ただし、この方法では拘束装置は甲板に固定されているので、拘束装置とは別個に移送装置を必要とする。

発着艦の誘導

空母でも、ヘリコプターを運用する水上戦闘艦でも、LSO(Landing Signal Officer)など、進入時の誘導を担当する人間がいる。

ただし、固定翼機を空母に降ろす時に重要なのは「適正な進入コースに乗っているか」であり、コースから外れていたら修正の指示を、修正できそうになかったらやり直し(ウェーブオフ)の指示を出す。

対してヘリコプターの場合は、ヘリコプターを正しい着艦位置の真上に誘導することと、適切な着艦のタイミングを指示することが重要になる。

前後方向の誘導は、艦の前進速度とヘリコプターの前進速度を合わせればいいのだが、問題は左右方向。艦側で、できるだけまっすぐ航行するように工夫しないと、ヘリコプターのパイロットが苦労する。

そして降着のタイミング。極端な話、艦が揺れて傾斜が増している最中に「降りろ」と指示を出したら、すべての車輪を同時に設置させることができない上に、足下の甲板は傾いているのだから、事故の元である。

甲板が水平になるタイミングを見計らって降着の指示を出さなければならないが、指示を出してから降下の操作に移り、実際に降着するまでには少し時間がかかる。そのタイムラグを見計らって指示しなければならないのだから簡単ではない。

そこで艦上に誘導担当者がいて、ハンドサインや指示灯を使って「右に」「左に」「降りろ」「待て」などと指示を出している。

  • 海上自衛隊のヘリコプター護衛艦「くらま」の艦上で、着艦するSH-60Kヘリを誘導中。パドルではなく旗を持っているのが特徴

  • 海上自衛隊の護衛艦「ゆうぎり」が備えている水平灯(上)と指示灯(下)。艦は揺れるから、水平灯が必要になる理屈

なお、同じようにヘリコプターを艦上から発着させるのでも、米海軍の空母や強襲揚陸艦、あるいは海上自衛隊の「ひゅうが」型や「いずも」型みたいな大きな艦になると、着艦拘束装置は使わない。場所やタイミングを計るための誘導は受けるが、着艦は拘束装置を使わない、いわゆるフリーデッキ・ランディングである。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。