2018年11月27~29日にかけて、東京ビッグサイトで「国際航空宇宙展2018」(JA2018 : Japan International Aerospace Exhibition 2018)が開催された。この種の展示会というと、実際に空を飛ぶ機体を製作している大手メーカーの展示に注目が集まりがちだが、重要なところは別にある。
サプライヤーこそ見所
航空機に限らず、自動車でも鉄道車両でも同じだが、完成品を手掛けているメーカーだけですべてが完結しているわけではない。そこで使用している各種の機器や部品は別途、専門のサプライヤーが手掛けているのが普通である。そうしたサプライヤーがいなければ完成品は世に出てこない。
例えば、エアラインが運航する旅客機に乗る。機体は、ボーイングやエアバスなどといったなじみのメーカーが手掛けている製品だ。しかし、機内で使われている腰掛、ラバトリー、ギャレー設備などは、それぞれ専門のサプライヤーがいる。日本だとジャムコがなじみ深い。
エンジンも機体とは別のメーカーが手掛けているし、電子機器も同様。また、操縦翼面を動かすために使用するアクチュエータもそうだ。機体構造からして、完成機のメーカーではなく別のメーカーが手掛けている事例は多い。日本でボーイング787の主翼や胴体などを製造しているのも、その一例。
細かいことをいい始めると、エンジンもまた、さまざまなサプライヤーが手掛けている製品の集合体である。すべてをプラット&ホイットニーやゼネラル・エレクトリックやロールス・ロイスが手掛けているわけではない。
事例を挙げ始めると際限がなくなるので、これぐらいにして。
実のところ、平素はなかなか、サプライヤーの存在が表に出てこない。だから、サプライヤーの存在を知らないという人が多くても致し方ない部分はある。しかし、JA2018みたいな展示会は、そうしたサプライヤーが一般の目に触れるところに姿を現す貴重な機会である。
もちろん、出展料を負担して出展するからには、相応のリターンを期待しているはずである。それは会社や製品のアピール、あるいは、新たな商機の獲得につながるチャンスの創出といったところであろうか。これは航空宇宙・防衛産業に限らず、どんな展示会にも通じる話であろう。
ただ、前回のJA2016と比較すると、今回のJA2018は会場規模が小さく、出展者も少なかった。それでも開催されたのは、2020年に東京五輪との絡みがあって開催が難しく、五輪の後まで先送りすると間が空きすぎる(つまり、アピールや事業機会創出のチャンスがなくなる)といった事情があったらしい。
この種の展示会ではサプライヤーの出展を楽しみにしている筆者としては、ちょっと物足りなかった。しかしそれでも、いろいろ見て回り、メーカーの方に話を伺うと、「おお」という場面もあるものである。
MRJの動翼用アクチュエータ
ナブテスコでは、三菱MRJで使用している動翼作動用のアクチュエータを展示していた。動翼といってもいろいろあるが、展示されていたのは方向舵用とスポイラー用。それと、制御用の電子機器ユニット。
MRJの操縦系統はコンベンショナルな作りで、エンジンに取り付けられた油圧ポンプで高圧の油圧を用意して、アクチュエータはその油圧を動力源として作動する。
つまり、本連載の第12回で取り上げたEHA(Electro-Hydrostatic Actuator : 電気油圧式アクチュエータ)、あるいはEMA(Electro-Mechanical Actuator : 電気機械式アクチュエータ)ではない。
最近のトレンドは「電動化」だが、MRJは従来型のシステムを使っていることになる。そこで伺ってみたところ、電動は万能の解決策ではないという。
もちろん、コンベンショナルな油圧駆動式では、油圧ポンプからアクチュエータに至る油圧配管があり、それのメンテナンスが不可欠になる。その点、EHAやEMAなら電気配線だけ引っ張ってくれば良いのだが、別の問題がある。
EHAの場合、アクチュエータごとに電動式の油圧ポンプを持っていて、それが電気指令を受けて作動する。その油圧ポンプに十分な出力を持たせようとすると、当然ながら大きく、重くなる。EMAの電動装置にも同じことがいえる。
そのネガと、通常型の油圧方式を使用するネガを比較した結果、後者のほうが軽くできるので後者にしたという。それに、カスタマーにしてみれば「扱い慣れた構造のほうが良い」ということもあり得るだろう。
とどのつまり、新しいモノなら何でも良いというわけでもないし、万能でもない、という話になる。
拙稿「エアバス記者会見に見る、民航機に求められるハイテク技術と商品性」で書いたように、新しい技術を採用したから売れるのではない。新しい技術によって顧客にメリットをもたらすから売れるのである。
ただ、その「顧客にメリットをもたらす技術や製品」の多くは黒子に徹している。アクチュエータも、飛行機に乗る時にいちいち存在を気にかけている人は滅多にいないだろう。しかし、アクチュエータがなければ飛行機は飛べない。他のコンポーネントやサブシステムも同様だ。
生の素材を見られるのは展示会ならでは
飛行機の機体構造を構成する素材というと、アルミ合金とチタンが双璧で、最近は炭素繊維複合材料が広まりつつある。しかし、そういった素材の規格表を見る機会はあっても、生の現物を見る機会はなかなかない。
その生の現物を展示していたのが、白銅だ。同社は、チタン合金やアルミ合金の素材をメーカー各社に納入している。したがって、展示されている素材は板材だったり棒材だったり、ということになる。
航空機の部品は品質管理面の要求が厳しいので、素材の出自に始まり、加工工程についてもきちんと記録をとらなければならない。だから、展示会の展示品でもちゃんと出自が併記されていた。
例えば、チタン素材はロシアのVSMPO-AVISMAから。あまり知られていないかもしれないが、ロシアはチタンの大口供給元。その昔、ロッキード社がSR-71ブラックバード偵察機を製作したとき、チタン素材をダミー会社経由でソ連から入手した、なんて逸話もある。
見た目では、アルミとチタンの違いはわかりにくい。しかし、手に持ってみるとチタンのほうがずっと軽い。鉄系の耐熱合金インコネルの棒材はずしりと重い。それを実際に体感できるのは、目の前に生の素材が出てくる展示会ならではだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。