前回、ゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI)が壱岐空港を拠点として2018年6月に飛行試験を実施した無人機(UAV : Unmanned Aerial Vehicle)・ガーディアンが備える衝突防止・回避機能について説明した。
しかし、「理屈はわかった、実際はどうなの?」という疑問が出てくるのはもっともなことだろう。タイミングよく、アメリカで5月に実証試験が行われたので、その話を書いてみよう。
「イカナ」はガーディアンと同じ系列の機体
件の飛行試験は2018年5月12日に行われたもので、使用した機体は米航空宇宙局(NASA : National Aeronautics and Space Administration)保有のプレデターB派生型。「イカナ」(Ikhana)というニックネームが付いた機体だ。ちなみに、Ikhana とはチョクトー族の言葉で「諜報」「学習」「認識」といった意味があるそうだ。
これより前に、前回に紹介したDRR(Due Regard Radar)による衝突回避を単独でテストする機会はあった。しかし、それは安全のために民間機とはセパレートした空域で行われた。そこで「ちゃんと機能する」という確認が得られたので、話を一歩進めて、実際に民間機が飛んでいる空域に機体を送り込んでみたわけだ。
前回に解説したように、壱岐空港を拠点として実施した飛行試験では、現場に「眼」を置くために有人の軽飛行機がチェイス機(随伴機)としてガーディアンの後ろを飛んでいた。しかし、NASAの「イカナ」で実施した実証試験では、チェイス機はつかない。
つまり、機体が備える衝突回避の仕掛け、それと地上管制ステーション(GCS : Ground Control Station)に詰めるオペレーターと管制官とのやりとりだけで、有人機と同様に民間機向けの管制システム(NAS : National Airspace System)の下、対象空域を飛行できることを実証するのが目的なのだ。
そこで「イカナ」には、GA-ASI社が開発した探知・衝突回避(DAA : Detect and Avoid)システムに加えて、ハネウェル製の衝突回避システム(TCAS : Traffic Collision and Avoidance System)、自機の位置情報などを発信するADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)といった機材を搭載した。
なお、機体の写真を見ると、DRRを積んでいないバージョンと積んでいるバージョンがある。洋上哨戒用ではないから、胴体下面のSeaVueレーダー・ポッドはない。
参考 : NASA Armstrong Fact Sheet: Ikhana Predator B Unmanned Science and Research Aircraft System
参考 : Ikhana Image Gallery
飛行試験は、いかなる内容だったか
試験の拠点となったのは、NASAのアームストロング飛行研究センターがある、カリフォルニア州のエドワーズ空軍基地。ロサンゼルスの北北東、100kmほどのところにある。
ここを離陸した「イカナ」は、まず西に向かった。離陸直後から民航機と同じクラスA管制圏に入り、高度20,000ft(約6,000m)まで上昇。
それから機首を北西に向けて、ロサンゼルスとサンフランシスコの中間付近にある街、フレズノの上空まで飛行した、その途上で、ロサンゼルス管制センターからオークランド管制センターへの管制移管が行われた。(オークランドは、サンフランシスコから湾を隔てた東側にある街)
フレズノで機首を南に転じて、ヴィクタービルに向かった。その途上で、今度はオークランド管制センターからロサンゼルス管制センターへの管制移管が行われた。
その後、タハチャピ上空から降下を開始、高度を10,000ft(約3,000m)まで下げて、ゼネラル・エヴィエーション機が使用するクラスE空域に進入。高度を5,000ft(約1,500m)まで下げて、ヴィクタービル空港の管制官とやりとりしながら模擬着陸進入を実施した。
そして最後に、民間空域を離脱してエドワーズAFBに戻った。
この飛行試験は、米連邦航空局(FAA : Federal Aviation Administration)が規定している、衝突回避のための以下の技術規定に則る形で行われたという。実施の承認が得られたのは3月30日のことだった。
・Technical Standard Order 211 - Detect and Avoid Systems ・Technical Standard Order 212 - Air-to-Air Radar for Traffic Surveillance.
現場は民航機がたくさん飛んでいる
深夜は話が別だが、現地時間の日中に「FlightRadar24」で見てみると、現地の上空には多数の定期便が飛んでいる。そこに「イカナ」が入り込んで安全に飛ぶことができて、しかもチェイス機なしで済ませることができた。
この1回の飛行試験だけで「民航機が飛んでいる空域にUAVを送り込んでも大丈夫」とは行かないにしても、重要なマイルストーンを1つ達成したのは事実であろう。
なお、同様の研究はアメリカだけでなくヨーロッパでも行われている。「イカナ」やガーディアンの原型であるプレデターBみたいな、大型かつ飛行高度が高い機体を民間機と同じ空域で飛ばすことができれば、用途の拡大を期待できる。
筆者は以前からいっていることだが、例えば大規模自然災害が発生した時に被災地の状況を上空からいち早く確認することは、救援のために役立つはずだ。
しかし、「ドローン」というと一般に連想される電動式マルチコプター程度では、できることには限りがある。もっと大型かつ高性能で、航続時間が長く、信頼が置ける機体でなければ、実用性は欠ける。
それ以外にも、洋上の常続監視や国境警備など、UAVの用途はいろいろある。そうした用途で実際にUAVを活用する際に、飛べる空域に制限があるのでは具合が悪い。民間機と同じ空域で安全に共存できる方が好ましいのは、いうまでもない。
それを実現するための一歩が、今回の飛行試験というわけだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。